missing tragedy

過ちて、改めざる是を何と謂う

兎の想いは天に届くか 第六夜 ★


「ゆっくり動くから……やめて欲しかったらちゃんと言って。僕たちには時間が沢山あるんだから」
 噛み付くような激しいキスの後の言葉は素直に嬉しかった。ずっとこれからも一緒なのだと、ルナを手放す気はないのだと言ってくれている気がしたからだ。
 宣言通りゆっくりと腰を揺らすフィンの額には珠の汗が浮かんでいる。荒い呼吸を繰り返す彼は艶っぽく、眉間に皺を寄せて難しい顔をしているがそれも綺麗だと思った。
「ど……う?」
「あっ……んっ……」
「少しでも……気持ち良くなればっ……」
「んんっ……あっ……フィンっ……」
 繰り返される刺激に段々と違う感覚を感じ始めて、ルナはフィンにしがみつく。
 彼の肩に爪がくい込んでしまい、でもそれは止められない。苦しさの中に痺れるような甘い感覚が混じって、彼に奥を突かれる度に背が反り恥ずかしい声が出てしまう。
「いいの……? ルナ?」
 彼が嬉しそうに微笑んで蜂蜜色が蕩けた。無邪気に微笑むフィンはもうただの可愛らしい少年の笑みではない。胸の奥を疼かせるような甘く色気の滲んだものだ。
「う……うん」
 恥ずかしさに、小さな声で答えると首筋を甘く噛まれた。
「ルナは……僕の、だよ?」
 独占欲剥き出しの彼の言葉にお腹の奥がきゅうっと疼く。普段我を押し通すような発言の少ないフィンが言ってくれたということが堪らなく嬉しかった。
「う、ん……フィン……」
「ずっとずっと僕のだからっ……だから僕もずっと君の、」
「フィ……んっ……あ、あっ……」
 小刻みに奥を押すように突かれ、何かがのぼってくる感覚にルナは喘ぐことしか出来ない。数刻前まで出したことのないような声が部屋に響いて、羞恥で涙が溢れてくる。
「ルナっ……ルナっ……」
 フィンの腰の動きは益々激しくなり、ルナを甘く捕え追いつめた。余裕のない蜂蜜色にもっと囚われたいと思ってしまう。フィンを求めて手を伸ばすとルナより少しだけ大きい手が応えてくれた。温もりが愛しくて何度も彼の名を呼ぶ。
「あっ……あんっ……フィ、ンっ……」
「ルナっ……」
 瞬間目の前が真っ白に染まってルナはくったりと脱力した。同時に熱い感覚を再び奥に感じる。フィンが撓垂れ掛かるように倒れてきて、その重みに恥ずかしさと嬉しさを実感した。
 彼も気持ち良かっただろうかとそっと梔子色の髪を梳く。獣耳まで赤く染めたフィンがこちらを熱い蜂蜜色の瞳で見上げた。
 その眼差しについ彼を締め付けてしまう。あんなに沢山貰ったというのに、どうやらまだルナはフィンが足りないらしい。自分の飽くなき探求心ならぬ欲求に恥ずかしささえ覚える。
「ルナ……僕のこともっと欲しがってくれるの……?」
 伺うように、一度だけ再び大きくなった彼のもので奥を押されルナはぎゅっと目を瞑った。どうやら反応してしまったそこに気付いていたらしい。恥ずかしくて目を開けられないルナは、代わりにフィンを抱き締めた。
「いいの……? ルナは……どう?」
 そっと抱き締め返してくれるフィンにルナは頷いた。恥ずかしくていつもなら聞けないようなことも、言えないようなことも、今なら出来る気がする。そんな甘い空気は慣れないけれど嫌じゃない。
「フィンの、もっとちょうだい……」
 その言葉に一瞬フィンが肩を揺らし、固まった。しかしすぐにルナの望み通りに動き始める。
「そんなこと言われたら……何回もしたくっ……優しく出来なく……」
 フィンは十分過ぎるほど優しい。それに『優しく』ないフィンも……欲しがるフィンもルナはすごく好きなのに。きっと彼は知らない。
 言葉には表せなかった。表す前にルナは甘い波に攫われ、呑み込まれてしまったからだ。
 窓から見える南の空の月は満たされていた。





 フィン・ウィンディッシュはルナ・アルティアを腕に抱きながら猛省していた。全世界に土下座したい気持ちを抑え、どう償うべきか必死に考える。
 ――やり過ぎた……! お互い初めてで、特にルナはすぐには気持ち良くなんてならないはずなのに……僕は、なんてことを……?! 六回…? いや七、八回だしちゃったかも…? ガツガツ突いちゃったし、嫌われたら僕……
 ぐるぐると彼女にしてしまったことを思い出す。だいぶ高いところまで昇った日は窓から差し込み、昨晩まで真っ白だったシーツと健やかな寝息をたてる幼馴染みだった少女を照らしている。シーツは彼女の鮮血と愛液、そして彼女のナカから溢れたフィンの欲望でぐちゃぐちゃ、しわしわだ。恋焦がれていた幼馴染みの肌には紅い痕と噛み跡が無数に散っている。
 どう見ても、フィンが調子に乗り過ぎたことは明らかだった。
 彼女は純潔をフィンに捧げ一生傍に居てくれると誓い、ただの幼馴染みでなくなった。もうフィンとルナは番なのだ。それぞれお互いがたった一人の、何よりも大事で特別な存在となったのだ。
 ――ルナの特別……
 頬が熱くなって沈んでいた気持ちが浮上する。渋面を作っていた顔は緩み、にやついてしまう。我慢するものの嬉しさに獣耳はぴくぴくと動いてしまった。
 胸の奥がむずむずと擽ったい。
 フィンはそっとルナに顔を寄せると起こさないように気をつけて頬擦りした。謝罪と愛を込めて鼻と唇にも口付ける。
「昨日はごめんね……ありがとう」
 自分の軽率さと愚かさを悔いつつも彼女を手放す気はない。見た目も精神的にも大人になり切れてない自分だ。この先また昨晩と同じように、或いはまた違った何らかの形で彼女を困らせてしまうかもしれないけれど。
 ――ごめんねルナ。それでも僕は君が好きなんだ……。
 フィンは離れがたい温もりから体を離した。ルナに布団を掛けなおし手早く着替える。洗面所へ向かい、自作の湯を沸かす機械のスイッチを入れた。魔石同士の反応が始まったことを伝えるキーン、という高音を確認し蛇口をひねる。
 何の捻りもない『湯沸し器』と名付けたその機械の次の改良点は作動音だな、などと思いながら洗面器に湯を張る。一昨日洗濯した布巾を浸した。
 これからこの布巾で彼女の身を清めるのも食事を作るのもフィンの務めだ。昨日無理をさせてしまったお詫びと言うわけではないが、それくらいはしてあげたい。
 今更になって、簡単に湯を沸かす機械や火を起こし調節する道具などを発明しておいて本当に良かったとフィンはしみじみ感じていた。