missing tragedy

過ちて、改めざる是を何と謂う

兎の想いは天に届くか 第七夜 

 ルナはくすぐったさに身をよじった。怖々とでも言うように遠慮がちにルナを抑える手は温かい。濡れた布が肌に擦れるのは時々こそばゆいが、さっぱりして気持ちが良いのも本当だ。
「ん……ぅ……?」
 ゆっくりと目を開けると先だけ紅くなった梔子色が飛び込んでくる。何をされているのか意識の覚醒と共に認識したルナは、飛び起きようとして途中でそれを辞めた。否、辞めざるを得なかった。
「うっ……ったぁ……」
 昨晩散々攻められた身体の奥と腰が悲鳴を上げる。次いでとろりと中から溢れて、昨晩のことをはっきりと思い出しルナは赤面した。目の前の人物が声に気付いて心配そうな瞳でこちらを覗き込む。
「ルナ? 大丈夫?」
「うん……大丈夫。おはよ……フィン」
「おはよ」
 ふにゃりと笑む彼を見て益々頬が熱くなった。
 フィンには昨日何度も求められ、ルナは精一杯それに応えた……つもりだ。満足させてあげられたのかはわからない。が、少しでも一緒に過ごして良かったと感じてくれてたら嬉しいと思う。
 ルナはもうフィンの番で、恋人で、近い将来妻になるのだと思うと胸がぎゅっと締め付けられた。甘い期待で胸が苦しくなる。
「待っててね、今全部拭いちゃうから」
 そう言われてルナはされている事を思い出した。濡れた手巾で彼に身を清められているということを改めて自覚し、慌ててルナはフィンのその手を掴んだ。
「フィン! 恥ずかしいから! 自分で! 自分で出来るわ!」
 頬を染めフィンに抗う。昨晩は暗闇だからまだ良かったが、こんなに明るい中ではいくらなんでも恥ずかし過ぎてどうにかなってしまう。
「でも……身体きつくない? 無理……させちゃったから」
「だめ! 恥ずかしいからだめ! 身体は後で自分で拭くから!」
「そんな……もう君の恥ずかしい所も全部見させて貰ったし、動けなくさせたのも僕なんだから……とにかく、大人しくルナは夫である僕にお世話されて下さい」
 そう言うとフィンはがっちりとルナを抑えて再び身体を拭き始めた。触れられた手や布には如何わしいものは感じられない。丁寧で優しい、病人や子供を世話するような労わるものだ。しかし相手がフィンだとやはり昨晩の記憶も助け身体は火照ってしまう。
 フィンも恥ずかしくは思っているらしい。真っ赤な耳が見えた。
 責任感からなのか独占欲からなのかはわからない。しかしこれ以上抵抗することは出来ないと踏み、ルナはフィンに頼ることにした。






 ルナの身を清める作業を終え、フィンは台所に立っていた。彼女にはまだ寝室でゆっくりしていて良いと伝えてある。
 料理はそんなに得意ではないが、食べられないほど苦手でもない。それに調理する時ほど発明道具ーー普段はガラクタに近いがーーを作って良かったと思うことは無い。
 昨日の昼間焼いておいたドライフルーツ入りのパンにスクランブルエッグとベーコン、裏の薬草園で一緒に育てているキモングという葉を炒めたもの。玉ねぎのスープをつけて彼女へ持っていく。味付けは塩コショウ。シンプルだけれど一番素材の味が活きる、というのはルナ本人からの受け売りだ。
 身体の調子を整えるハーブティーもつけたのでお盆は少し重い。扉の前まで来て両手が塞がっていたことに気付いた。片手で持つことも不可能ではないが、少し不安だ。どうしようかとしばし迷っていると後ろから声がかかった。
「フィン、扉開けるか?」
 その声にすっかり忘れていた事実を思い出す。フィンは後ろの人物にどう説明しようか考えながらゆっくり振り向いた。
「リュート兄さん……」
 短く刈られた髪はフィンと同じ梔子色。先だけが紅色に染まる。フィンよりも頭一つ分以上高い背に、程よく筋肉のついた長い手足が羨ましい。フィンとは違い常時ある獣耳は短く尖っている。大きな尻尾は薄茶色だった。
 彼に何故ルナが居るのか順を追って説明する為にも、この先の為にも、居間でゆっくり話したかったのだが。タイミングが悪い。
「なんだよーその反応。ま、いいんだけどさ。ところでお前そんな食うの?」
「う、うん……兄さんその、勝手に他人の家に入ってくるのはどうかと思う」
「お前が鍵渡したんだろ? つか、誰か来てんの? なんか嗅ぎなれない匂いが……」
「わああああ!! なに僕の部屋開けようとしてるんだよ!!」
 こういう時に嗅覚の鋭い、獣人や獣人の血が交じる人間は困る。そして隠し事の苦手な自分の性格にもほとほと困る。
 フィンの反応にリュートの表情が変わった。寝室の扉とフィンを交互に見ながらにやにやとした笑みを浮かべる。
「え、何お前いい子見つけたの!? フィンの匂いも強くなってるし、もしかして……!!」
「ちょっと、兄さん待っ……」
「どうしたの、フィン……」
 その時合わせたように扉が開いた。隙間からフィンのシャツ一枚のルナが覗く。彼女とリュートは見合って、お互い瞳を丸くさせた。
「フィン、お前……!!」
 含み笑いをしながらルナとフィンを交互に見るリュートの視線が鬱陶しい。ルナは目の前の人物が誰なのか図りかねているようだった。
「うわ! 連れ込んでるー!」
「ちょっと、黙って!」
 騒ぐ兄をねめつける。が、案の定効果は全くない。
「ルナ、ごめんね。きちんと後で紹介するから……兄さんもちゃんと話すからさ。お願いもあるし……」
 ため息を吐いて兄の背中を押す。驚くルナに目配せし、フィンはリュートに聞こえないほどの声で「心配ないから安心して」と苦笑いした。