missing tragedy

cock-and-bull……¡

続いていた日常と、始まらなかったおとぎ話に。 ②

 魔鉱石が輝く洞窟内、ランプの灯りの下。調査結果に添えられていた手紙は開かれた。

【エリス、ノア。元気に過ごしてますか? エリスは野草採取に勤しんでいる頃かしら? ノアは故郷の爽やかな風を楽しんでいるんじゃない? 私は可愛い義弟と人の悪い従兄弟のお陰で、精神鍛錬の末に異国の修行僧の如く悟りを拓けそうよ!】

 挨拶もそこそこに、一枚目からオルコット家の養女となったサラの悲鳴は続く。
「サラ姉……やっぱり怒ってるね」
 申し訳なさそうな表情を浮かべるノアに、
「大丈夫よ。本当に怒ってるなら、おじさまの養女の話の時点で理由を作って断ってるわ。呼び戻された事はわかるだろうし、素直になれないんだと思う」
 エリスは苦笑を返してから、「多分」との言葉を付け足そうか迷う。

 ノアと再会した当初、彼からオルコット家の養女になれば、王族との婚姻に際して身分的な問題は解決できるだろうという話は聞いていたが。最初からこのような形でノアが利用するとは考えてもいなかった。
 しかもそれが兄カルロの長年の悲願を叶える為だとは、にわかには信じ難い。
 しかしノアから聞いたカルロの話や、サラと文通をし、時々会いに来ていた青年の朧気な記憶。王族に対するサラの過剰な反応、晩餐会でエリスが拐われた理由などを考えれば、疑いようのない真実なのだろう。

 サラ自身はまだ、王家の私兵として呼び戻されただけと信じたいようだ。

 フェリクスが噛んだ借金事件の下りで、当初バルトらが勘違いした事や、晩餐会での年増との暴言事件も影響してか。年齢的にカルロよりも一つ上、王太子妃としての話もとっくに立ち消え、その後は裏方の汚れ仕事を担ってきた自分には相応しくないと断言している。

 更にはカルロへの揺るぎない忠誠心と素直になれない性格は、カルロの猛攻をもってしてもなかなか手強いようだった。

 ナールの『選定』は既に終わり、カルロ本人に言い渡される日も近い。
 サラが新たな王の婚約者として発表されるのか、王子の婚約者として発表されるのかはまだわからないが。近くで見る限り、それ程遠い未来でないだろう。

「大丈夫よ。サラ姉は強いし、陛下も傍にいるもの」
 もう一度、エリスは呟く。
「そうだね」
 お互い困ったように顔を見合せて。エリス達は手紙の先を辿った。

【知ってるとは思うけれども、顔と頭のネジが吹き飛んだ貴女のお兄様をしつける毎日は本当に大変。何もかも甘くて、威厳という言葉が九マイル先にあるの。しかも週に二回は政務の一環だとか部下の様子見だとかで、こっそり屋敷に来るのよ。それも下手な変装までして。私達の魔術で見つかる心配なんてないのに! だから伯父様に無理を言って屋敷に書斎を作ったわ。仕事をして貰う為に。あの人、今まで誤解したご令嬢や貴族の方に刺されたり、週刊誌に弄ばれなかったのはすぐ下のあの方(ジーニアス様)のお陰じゃないかしら? 仕える身としては心配よ。ごめんなさい、話が逸れたわね。恨み言を並べる愚かな義姉を許してちょうだい。詳細は別紙にまとめて記してあるけれど、魔法院上層部ではまだ揉めてるわ。でももう”戻し薔薇”(エリオット)が動いているから、そのうちおさまるはず。】

「……なんか思ったよりサラ姉、イキイキしてるというか、すごく楽しそう?」
「……うん。良かった……もう仲直りできたのかもしれないね」
「十年近くだっけ? 良かったよね……。あ、次の紙にうつる前に調査結果書の方を見ない?」
「そうだね。その方が良いかもしれない」

 エリスは同封されていた紙の束を取り出す。どうやらノアとエリス、二人が見やすいように、同じものを二部送ってくれたようだ。
 調査結果書には主に魔鉱石の成分解析を始めとした科学的な調査結果と、他鉱物や魔術等の資料を合わせての考察、結果を踏まえて今後の研究の方向性や具体案が記されていた。

 また別途ノアに向けて犯罪組織の直近の動向や対策、指示等の書類も。エリスが見ても構わないとのサラからの言葉もあったが、背中に薄ら寒いものを感じ、必要ある時にとノアに任せた。

「やっぱり、洞窟の外での管理は厳しいのね……」
 大きなため息と共に脱力するエリスに、ノアは眉を下げる。
「現時点では、ね。リゾルトとか、世界連合の中だとフォルメルとか。他国の技術を借りられれば可能だろうけれど、どう足掻いても僕達の国ではコスト的な問題が大きくなる」

 エリス達が予想したように、あの魔鉱石の発光の源は微生物であった。
 調査書には、生物自体は特段珍しいものでなく、洞窟の外に出る事で光を失った後も、死滅した訳ではない事が記されている。

 また、ある一定の温度や湿度、魔力や魔法等の特定の環境下でのみ、発光及び魔力保持、魔法発動をする事も判明した。同時に微生物の数や密度、状態も関係している可能性が濃厚だとの見解もなされた。

 しかし、将来的に有望な資源に成りうるだろうとの結果が出た一方で。
 エリスやノア達が考えていたよりもずっと、国内での長期間の環境維持は非情に困難である事もわかってしまった。

「考えたら微生物って生き物なのよね……私達は更にその反応を利用する訳だから、微生物の研究から始めるのも理にかなってるわ」
「うん。構成成分の解析はある程度出ているし、魔術院や魔法院には魔石研究の分野のプロも生物学に長けている人もいる。利用までは遠くとも、人工の”魔鉱石”の誕生は近いんじゃないかな」
「楽しみね。あ、でも。人工でも天然でも環境が揃わなければ光らないのよね? 微生物も構成成分も特段珍しくないのなら、あれは”魔鉱石”とは呼べないのかしら?」

 ふとしたエリスの疑問に、ノアははにかみを返す。
「僕達だけの名前に戻るかも」
 ノアの発想にエリスも微笑んだ。

 自分達のつけた名が他の人々にも使われる事も、ノアと二人だけの秘密に戻る事も。気恥ずかしく嬉しく思うのはノアと決めた名前だからかもしれない。

「これから微生物の研究と並行して人工石の造成と継続研究設備と人員確保。更に、環境に左右されない新たな物質への発展も含めて改良や開発……となると、実際の活用はもう少し先。……洞窟からの採取は基本的に今後はせず。近くジーニアス兄さん達上層部が来れば、洞窟にはしばらく行けないね……」
「そっか……。なんか、ね。ノア。寂しくて、不安なんだけど……不謹慎かな。私、ちょっとだけ安心してる」
「……」

 瞬くノアにどう言葉にしようか逡巡して。エリスは俯く。闇色の岩畳の上を七色に輝く魔鉱石が転がる。

「洞窟に入れなくなるのは寂しいわ。でも、魔鉱石は限りあるもの……でしょう? もし調査の結果が便利で、簡単に活用できそうな石だって結果だったら……しかも、こんなに綺麗なのよ。ノアと私じゃ、どうにもならない事態に発展していたかもなぁって……」

 魔法と同じように。それぞれ魅力のある何かがあったとして。
 周りにどう作用していくかは結局当人次第だ。感動し、心豊かになる者もいれば、心を奪われ自身を見失ってしまう者もいる。
 おそらくそれらが魔鉱石だろうが効貴石だろうが、人であろうが物であろうが関係ない。

 だからエリスは殊更ほっとしたのかもしれない。魔鉱石を理解せずにただ利用するだけの選択でもなく、知ろうともせずに全てを包み隠し、どう活かすかも考えずになかった事にする訳でもなく。魔鉱石を介して、皆で未来を創造していけるような結果に。少しだけ安堵した。
 ゆっくりと、驚きに丸くなっていたノアの瞳が細まる。

「……実は僕も、同じように思ってた。魔鉱石をどう扱うか……調査前も、今でさえ。僕の中で答えは出なくて。この調査が争いに繋がる結果が明らかに出たら、エリスと相談して真実を伝えるのもやめようと思ってた。でも、結果は僕の能力だとそこまで判断はできないものだったから……不安だったんだ」
「そっか、ノアもだったんだ……。ねぇ、ノア……!」

 温かくなる気持ちを堪えきれず、エリスはノアの手を握る。
 突然の事にびくりと肩を揺らし、耳の縁をピアスと同じ色へと染めたノアにエリスも羞恥を煽られる。積極的過ぎたかと慌てて手を引こうとすれば、絡め取られ、魔鉱石に劣らぬ美しさの青が近付いた。

「うん、何……?」
 甘やかな声音がエリスの耳をくすぐる。

 この先ももっともっと話していこう、とか。正しさはわからないけれど一緒に探していこう、とか。より良い未来に繋がるかはこれからの自分達次第だね、とか。これからどんな事があっても、ノアとなら色んな選択肢を見つけられそうだよ、とか。
 胸を満たしていた彼への無数の言葉は、あっという間に消えていく。

「ええっと、そのね……! これからも宜しくね、ノア」
 真っ赤になるエリスの傍で、ノアの頬がふっと緩んで。
「……宜しく、エリス」
 深く穏やかな青の奥に魔鉱石の光が映り込む。真っ直ぐにエリスを見つめていた眼差しが僅かに揺れた。

「エリス……あのさ。会って欲しい人が居るんだ……」
 いつかも聞いたその言葉には戸惑いが滲む。

「うん」
 予感していたとは告げずとも伝わったのだろう。エリスだけでなく、ノアの表情も泣き笑いへと変わっていく。
 堪らず抱き締め返せば、同じように愛情をめいっぱい詰め込んだようなそれが返ってきた。

「黙ってて……騙す形になって、ごめん」
 幾度目かのそれをきっかけに。夜空を背にした幻想的なそこで、全ての魔法は解けていく。
 取るに足らぬ平凡な薬師と、優しくも臆病な青年と、未来という無限の可能性を残して。

「大丈夫。騙したんじゃなくて、サプライズだと思ってるわ」
 冗談めかした薬師(エリス)の耳元で、青年(ノア)の笑みが零れた。

 ∞∞∞

「まさか手紙にも、同じ事がサプライズとして書かれてるなんてびっくりしちゃった。サラ姉も三年以上隠し切るなんて……凄いわ。近くにいたのに全然気付かなかった。でも、エリオットさんまで知らなかったなんて意外よね……?」

 洞窟で調査結果書とサラからの手紙を読み終え、エリスとノアは目的の場所へと向かっていた。
 エリスの素朴な疑問に、ノアは困り顔で答える。
 道脇の野原では、淡い色合いの花々が眩しい緑の上を着飾っていた。

「薄々は勘づいていたらしいよ。自分の仕事の範囲じゃないから特に触れなかった、って言ってた」
「エリオットさんらしいかも」
 互いに顔を見合せ苦笑する。

「僕が知ったのも本当に偶然だったんだ。まさかエリスの指輪を外せる魔術師を探す途中で会えるなんて……」
 爽やかな風にさざめく緑を眺めながら、エリスとノアは砂利道を下っていく。

 ノアの左耳にはエリスの贈った紅色のピアスが光る。今はエリスの右耳にも同じそれが。
 晩餐会前に彼から贈られた青のピアスと、フェリクスから渡された契約の証の指輪は既に無い。エーミールと対峙したあの時、役目を終えた両者は魔法同士がぶつかり合った衝撃で壊れてしまったのだ。

 今残るのは書斎で贈られたペンダントのみ。あの時、淡い光と熱を放ちエリスを守ったそれは、ワンピースの下で眠っている。

「……エリスはいつ気付いたの?」
「ノアが晩餐会の詳細を話してくれたあの晩くらいからかな……? ノアって顔に結構出るもの。ああこれは何かあったなって。私に話そうとした事に深く関わってるんだろうなって事もすぐわかったわ。……だとしたら、思い当たる事は少なかったから」
「僕の周りの女の人は皆すごいな……ううん、男女関係なく尊敬できるような人ばかりだ」
「それは私も思うわ。サラ姉にエリオットさんやシンハ君、ラングロワさんにカミラさん……それに人ではないかもしれないけれど、ナールさんも」
 指折り数えるエリスにノアは頷き笑う。

「きっと伝えたら喜ぶよ」
「いいよ……! 照れくさいもの」

 郵便局の脇を抜け、ミニアムのほぼ中央を通る街道を横切り、牛の親子が草を食む様子を脇目に。エリス達が住んでいた屋敷をも越える。
 再び緑が濃くなり、道幅がぐっと狭くなった。賑やかな小鳥のさえずりと虫の声。時折小さな影が草木を揺らす。

「……もちろん、最初はまさかとは思ったわ。でもエーミール卿が私に触れようとして、魔法が発動した時……見覚えのある色の薄い膜みたいなものが現れて」
「僕やエーミール卿の魔法だって思わなかったの?」

「ピアスの魔法は二回。なのに、魔法発動は三回あった。それに三回目の時に一瞬だけ現れた二重の薄い壁のようなもの……似ているけれどそれぞれ微妙に色が違ってたわ。一つはノアの魔法が目に見えた時と同じ青で。もう一つは……昔ノアがつけていたペンダントと同じ色だった……」

 木々の間を午後の光が差して。開けた野原へとエリス達は出た。

「ねぇ、ノア。あのペンダントは、ノアをミニアムに縛る枷でも呪いでもなかったんでしょう?」
 エリスはすぐ脇のノアへ悪戯っぽく笑む。

「ああ。僕にとっては」
 返ってきた朗らかな笑みが、雲ひとつない晴れやかな空と重なる。

 エリスはノアの手を取ると、広く頼もしい背を押した。
「行こう。手紙で知らせてあるんでしょう? もう時間ギリギリだし! きっと待ってるわ」
「エリス、あの!」
「え? 何?」
 言い淀むノアはほんの少し寂しそうに笑った。

「今日、僕達は治療院開院の挨拶に行く、いつでも来て下さいって伝えるだけ。そういう事にしてあるんだ」
「え……」
 ノアの言葉に息を飲み。それから直ぐに。予想だにしていなかった自身の愚かさに気付く。
 生き延びた二人がそのままに過ごしていると、どうしてエリスは思っていたのだろう。

「大丈夫。二人は今もとっても幸せそうだよ。ただ、あの事件が原因で体も心もひどく傷ついてしまって……僕達の事もこの国の民の事も……父さんの心には残れなかったんだ」

 苦しくなる胸を抑えて、エリスは眦を拭う。ノアの言葉を信じて繋いでいた手を強く握りなおした。

「じゃあ、ご挨拶しなきゃね! 薬師のエリスと医師で夫のノアです、って」
 どうか笑顔でいてくれますようにと、願いを込めて。エリスはノアに笑いかける。
「……ありがとう。やっぱりエリスは頼もしいな」
 誇らしげな反応に、僅かに熱くなった頬を隠して。エリスはノアと共に緑の屋根の小さな家へと歩んでいく。
 一瞬前より少しだけ足取りが軽い。包み込むように握り返された手は温かかった。

「エリス。僕には勿体ないほど素敵な妻と一緒に子供の頃からの夢を叶えますって、報告しても良いかな?」
「そ、それはダメ。恥ずかしいわ! それに初対面でそれはいくらなんでもおかしいでしょう⁈」
「じゃあ……それとなく、父さんと母さんへの感謝と式の日取りと、家族が増えたらご挨拶にまた伺います……って伝えるのはどう?」
 次々と告げられる案に頬が熱くなる。

 厄介な事に、そこに揶揄や冗談めかしたものはなく、真剣な声音と面持ちしかない。

「そ、そそそ、それは大事だし伝えなきゃだけど……! も、もう少しお義父さんお義母さんと仲良くしてから……!」
「うん。そうしよう」
 朗らかな同意を聞いて、ようやくエリスは後戻りの機会を失ったことに気付く。
 爽やかな風がエリスの茶の髪を吹き上げ、ノアの淡い金髪をも揺らした。

 前髪から覗くノアの瞳は変わらず、真夜中の夜空を映した水面のようだ。
 静寂を伴う穏やかで深い青と微かに瞬く星のような煌めき。そこに以前にはなかった晴れやかな強さを見た気がして。

「ノア、もしノアも私と同じように思ってるなら……」
 羞恥を忍んで。エリスはまたノアと一歩踏み出す。
「幸せですって。あと、本当に『ありがとう』ばっかりで、毎日幸せなんですって」

 ノアから笑みが零れてようやく、語彙の乏しさと重複に気付きエリスは赤くなる。

「良いね。伝えようか。僕も同じだから」

 踏み出した一歩はノアと共に次の一歩へ。
 既にノアの胸に夜空色のペンダントは無い。在るのは悪魔との約束の枷と、これからも重なり深まっていく愛情と信頼と。

「ノア! ……」

 心地良い鼓動を感じながら。エリスは愛する人へ、大切で大事で、この先も深まっていくであろう気持ちを口にした。

 







 ミニアム初の治療院開院を一週間後に控えたとある日。

 小さな教会で。ミニアム村で生まれ育ったノア、もといオルコット家の遠縁の諸子にあたるノア・エリーツと、同じくミニアム育ちのエリス・オルブライトとの結婚式が執り行われた。

 集まった者の中には彼の苗字を初めて聞いた者も多く。村人の中ではノアはノアであり、図らずも、人は良いが少々変わった青年との認識であった事が判明した。これまで特段、苗字を気にする機会もない者が多かったのもあるかもしれない。

 とある少年の祖父に至っては、『あのエリスにぞっこんなノア』程度の認識しかなかったらしく。その後それに『面倒みの良い医者』が加わったとも噂されているが、真偽は明らかでは無い。
 また式にかの有名な故人達が参加していた事も、ほとんどの者が気付かなかったという。

 他方、悪魔ナールがエリスとの契約を密かに履行し終え、ノアとの契約を続けたまま隣国へと旅に出た事を知る者は少ない。
 ましてやその目的がパティシエへと変わった事や、枷と共に両耳に青色のピアスを身につけている事、その理由などを知るのは極僅か。ミニアムで治療院を経営する医師ノアくらいだろう。

 魔術師協会の上層部によって洞窟が閉鎖された今、洞窟の奥に記された文字の意味も、幻想的な風景を創り上げていたあの石たちの法則も、晩餐会の夜に何故ペンダントと指輪が消えたのかも立証出来ない。

 惜しむべきは洞窟閉鎖と国王直々の命によるメモの意図的な紛失により、薬師の妻の石消しゲーム攻略がより難解になってしまった事だろうか。
 人工石とは異なる原理の為、ゲームで夫のノアに勝つ日が遠のいてしまったと妻のエリスは少しだけ悔しく思っている。一方、夫のノアはゲームの褒賞をいつ、どんな風にエリスに願おうかと、幸せな悩みに頬を緩ませている。

 兎にも角にも。ジウの祖父はすっかり元気になり、国王カルロは即位と共にオルコット家に縁する年上の妃を迎え、悪魔は隣国の菓子チョコレートトルテに新たな夢を見出した。
 とある国の始祖が『選択型統計予知』と名付けた悪魔の力も、全くもって使われていない。

 また洞窟のすぐ近くには【E.どうか安らかに】とだけ記された墓碑がひっそりとたてられた。

 今は近くに住む平凡な魔術師夫婦や夫婦に似た青年やその妻が、各々自ら望んで墓の管理を担っている。

 この先もきっと。春には若草。山吹色の花が咲き始めれば、相次ぐように色とりどりの野の花。夏を吹き抜ける爽やかな風に熟れた木の実と舞い散る鮮やかな落ち葉。静寂を身に纏うま白き雪までもが。
 ミニアムや自ら滅びを選んだ彼を見守っていくだろう。


 信じられないような、悪魔と第三王子と薬師の話は終幕。もしくは開幕さえしていなかったのかもしれない。

 幻となったおとぎ話とは別に。地方の小さな村で生まれ育った幼馴染み二人の話は、これまでもこれからも、ずっと続いていく。

 能力を使用する者が居ない今、愛し合うエリスとノアがいつ新たな家族を迎えるかは誰にもわからず。開院から一年経ち、仲睦まじい二人の様子から大変近いだろうとの噂のみが在る。


 
 エリスとノアが生涯愛し合い、愛娘と愛息子の顔がひきつる程一途に想い合い、平凡で幸せな人生を送った事は、なんてことの無い極々ありふれた未来の物語。

 もしこの先誰かが悪魔の力を使って尋ねたとしても、性悪でひねくれた彼はニヤリと笑いこう答えるだけだろう。

 『面白いから応えたくねぇな。ただ決して病弱な第三王子の救いとして語られることはねぇぜ』と。





 『cock and bull……¡』終