missing tragedy

ゲームだと仰って下さいな!

「冗談で、しょ?」

 ひきつった笑みを浮かべているであろう私に対し自分を今組み敷いている佐伯日向君は満足そうに笑んでいた。

 おかしい。だって私達は中学からの親友で大学にあがった今でも夜通しゲームをやり合うような仲だったはず。男と女の関係なんて微塵もなくて一緒の布団で寝ても何もなかった時は少しがっかりしたくらい。
 それなのに、だ。
 今の状況はどうだろう。日向君は私の両腕を何故かタオルで縛り上げ組み敷き口角をあげている。その上ぺろりと舌で日向君は自分の唇を舐めて熱っぽい瞳で私を見ているではないか。

「冗談じゃないよ?僕は真魚が欲しい」

 言われた言葉の意味が到底理解出来なかった。やっとの事で「なんで……?」という声が出たものの帰ってきた言葉はやはり意味不明なもの。

「真魚こそなんであいつと寝たの?」

 寝た?誰と誰が?
 少なくとも私が一緒の布団で寝たことがある人は両親と妹、そして日向君くらいだ。因みに性的な意味での経験はこの歳になった今も恥ずかしながら皆無。
 冷たい視線に私が無言で応戦すれば自重気味に日向君は笑った。

「僕には関係なんてないって言いたいんでしょ?」

 茶がかったさらさらした髪の毛が触れるほど顔を近づけられて心臓が跳ねる。
 こんな状態であるのにそうなってしまったのは多分少なからず好意を抱いている人間に迫られたから。こんな事をされても日向君を憎めない自分がいる事は事実だった。
 それでも初めてがこんなかたちなのは本意ではない。

「日向君、顔怖いよ? それにこの状況はなに? あっ! あれでしょ? なんかの罰ゲーム?」

 態とらしく茶化してそう口にすると日向君はおかしそうに喉をならして笑った。
 いや、その笑いめちゃくちゃ怖い。さっさと「そうだよ、罰ゲームだけど?」って肯定してほしい。

 しかし私の儚い願いは叶えられなかった。彼はまたもやにっこりと黒い笑みを浮かべて言いやがったのだ。

「違うよ? 僕が好きで真魚をこうしてるんだけど?」

 小首を傾げる様子はいつもの可愛い日向君なのに目が、その笑いが怖すぎる。
 あれだ、ここは話題転換をして手首のタオルをといてもらう方向に進めよう。新しいゲームを昨日買ったことを私は思い出し誘おうと決めた。あれをやろうと言えばゲーム好きの日向君のことだ、タオルをとき一緒にやり始めるだろう。
 私は一瞬で文句を考え実行するべく口を開くことにした。

「日向君、ゲームやろ? ゲーム」
「ゲーム?」

 やはり揺るぎないゲームオタクの日向君だ。そこはスルーしなかったか。私は内心ホッとしながら続けた。

「新しいゲームなの! 昨日買ったやつでね……」
「ごめん、それは今は出来ない」

 呆気に取られたと言って良い。普段聞き役にまわる日向君に遮られたからではなく勿論新作ゲームに彼が食いつかなかったからだ。
 そして次の瞬間日向君の起こした行動によって私は更に驚いた。
 あの日向君がいきなり着ていたTシャツの裾をたくし上げ下着をもずらして胸を鷲掴みしたからだ。

「あっ、んっ……」

 そのまま乱暴に揉みしだく日向君は獣のようで普段の穏やかな雰囲気とは全く違う。時折薄桃色の先端を抓るたびに身体が無意識に仰け反った。

「やっ、やだぁ……っん、はぁ、んっ……」
「真魚はこういうことあいつと、渡部としたんでしょ?」
「やっ……あっ、んっ……だめ」

 恥ずかしくて嫌で涙で視界は滲むのに口から出るのは快感に打ち震えた声。足の付け根にじわじわと感じたことのない感覚が襲う。

 日向君は日向君で息を荒くし胸を弄りながら誇張したそこを私の太ももに擦り付けている。硬く大きく主張したそこは何かによって濡れ、色が変わっていた。

 渡部って誰?とかなんでこんなことするの?とかいろいろと聞きたいことは山程あったけど与えられる刺激に眩暈がしてそれは出来ない。私はただただ為す術もなく恥ずかしい声をあげた。

「やっ、だ……、あ、んっ」
「ずっと、隣にいるのは僕だと思ってた……昔も今も未来も」
 なら何故こんな酷いことをするのだろう。私だって日向君とずっと一緒にいたいのに。
 涙で滲む視界にうつる日向君はこんなひどい事を私にしているにもかかわらず薄ら笑いを浮かべている。私の知らない日向君が其処にいた。

「やっ……ひなっ、くん……」
「やめない、から」
 そう言うと日向君は私のはいていたショートパンツを無理矢理引きずり下ろす。そしてそのまま濡れた下着の上から敏感なその花芽を撫でた。

「やぁっ……」
 初めて他人にその場所を擦られた私は声高く叫ぶ。与えられた事のない快感に背が仰け反った。撫でられたそこはじんじんとし熱いものを大量に溢れさせている。羞恥に頬を染めると日向君の指が再び同じ所を撫でた。

「真魚、あいつにもこんな姿晒したの?」
「ち、がう……よぉ……あっ、あっ……」
 ふるふると首をふりながら否定するもその動きは止まるどころか激しくなるばかり。そしてついには最後の砦だった下着も脱がされてしまった。

「ゲームしたい?」
 不意に日向君はその手を止め私に聞く。勿論答えはYESだ。いくら日向君に好意を抱いていてもこんな無理矢理な行為を続けられるのは流石に嫌だった。
 今までされたことが気持ちよくなかったのか?と問われるとはっきりとNOといえない自分がいるが初体験くらいもう少しロマンチックなものがいい。

「し、たい」
 息を切らせながらなんとかそう言うと日向君の唇が弧を描いた。途端自分の選択が誤っていた事に気づいたが時すでに遅し。
 日向君はひくひくと動く私の其処に指を挿れた。

「ゲームをしよう。ルールは簡単だ。今から十分以内に真魚が声をあげれば僕の勝ち。十分たっても真魚が声をあげなければ真魚の勝ちだ。それまで絶対に僕は手を出さない。本番はしない」
 随分私に不利なゲームだと思うんだが。それに手を出さないってもう出してるではないか。
 しかしこの状況を打開するには他の方法はないように思えた。十分、十分だ。それだけ我慢すればいいのだ。

「わ、かった……」
「じゃあゲームスタートだね」
 笑みを浮かべそう言うと日向君は挿れていた指を動かし始めた。
「ん、んっ……」
 開拓するように膣内(なか)を擦られ頭がおかしそうになる。気持ち良さで声をあげそうになるのを唇を噛み締めて必死にこらえた。

「真魚……こんなに此処をひくひくさせてるけど渡部の時もこんな風にして誘ったの?」
 口に出せないので否定の意を首を振って示すと日向君は喉をならして笑う。そして「嘘つきさんにはお仕置きが必要だね」と言うと入口の襞を同時になぞった。
 私はさらなる快感に襲われ身体を仰け反らせる。声だけは我慢するために血が出るほど強く唇を噛むと塩辛い味がした。

「我慢するなよ」
 不意に日向君の整った顔がゆがむ。酷いことをされているのは私のはずなのに日向君は泣きそうな顔をしてそのまま私の唇を奪った。
「 んっ、んんっ……っ」

 どんどんと日向君の胸を叩き抵抗するも彼はそれを許さない。
 あっという間に口をこじ開けられねっとりとした感触の舌をねじ込まれた。逃げ惑う私のそれを捕らえ貪るように絡める日向君はもう私の知っている日向君ではなくて。恐怖と快感で私の頭はぐちゃぐちゃになる。

「こんなに濡れてるのにまだ僕を拒むの?」
 先程とは違い自嘲気味に日向君が笑って言った。その目に光はなく絶望の色に染まっている。
 抉られるように胸が痛い。勿論こんな事をされたからでもなければ誤解されたからでもない。
 日向君を、泣き出しそうな目で笑う日向君を見てしまったからだ。
「ち、がうよ……」
 そんな言葉が口をつく。と同時に涙が溢れる。
「違うよ、私は日向君を拒んでなんかいない」
 ぎゅっと日向君を抱きしめると息を飲む音がした。
「こんな酷い事して怒ってるけど、私は決して拒んでるんじゃない。だから、だからっ」

 そんな顔しないで、と最後まで言う前にその唇を再度塞がれた。
「嬉しい、そう言ってくれただけで」
 そう触れるような優しいキスをして日向君は離れた。
 そして一言またあの悲しげな瞳で「本当にごめんね」と言うと部屋を出て行ってしまったのだった。


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 あれからその日どうしたのかは良く覚えていない。
 ただ一日某然と過ごした気がする。
 そして次の日重たい足どりで行った学校に日向君の姿はなかった。
 皆風邪でもひいたのだろうと心配していたが私はそう思えず。気づくと帰宅するはずだった脚は行き慣れた日向君のうちへと向かっていた。


 震える手で押したそれがぽーん、と軽やかな音を立てて日向君を呼ぶ。
 私は高鳴る胸の鼓動を抑えるように軽く深呼吸しながら日向君が出るのを待った。
 しかしそれに応えるものはおらず虚しいそのインターホンの音だけがこだまする。
「日向君、いる?」
 ドアノブに手をかけるとガチャリと音がして扉が空いてしまった。随分と不用心だと思いながら中に入る。其処は前と変わらないままの日向君の家で、胸が少し痛んだ。

「日向君?」
 歩みを進め日向君の通称ゲーム部屋へと向かう。
 会ったら何と言おうか。
 昨日の事を問い詰めるべきなのか。
 そんな事で頭がいっぱいだ。

 その時ふと女の人の声がしたような気がした。驚いて耳をすますと今度ははっきりと聞こえる。
「あっ、やっだ……だめぇっそこっ」
 喘ぎ声、つまりそれは私が昨日何度も出した声だった。
 瞬間何が部屋の中で行われているか悟り頭に血が上る。
 こいつは昨日私にあんな事をしておいてもう違う女とヤっているのか。それも学校をさぼって家に引き込んで。
 自分の知らない穢れた日向君が扉の向こうにいるようで腹もたったが悲しくもなった。
 もう帰ろう、そして二度とここへは来ないようにしよう。そう心に決め踵を返そうとした時突然その扉が開いた。
「真魚!」
「っ日向君?!」
「な、なんで真魚が?」
「帰ります!」

 返しかけていた踵を完全に返し、去ろうとする私の手を日向君が握る。
 振り返りキッと睨むと日向君は弁明するように慌て出した。
「ち、がうんだ、これはその、代替え品っていうか……」
「聞いてない!」

 何が代替え品だ。ふざけるにもほどがある。私が代替え品だろうと彼女がだろうとひどいではないか。
 しかし日向君は未だもごもごと口を動かし言い訳をする。

「やっぱり真魚じゃないとダメで、その、だから決して……」
「煩い!」

 溢れる涙を堪え私は堪らず日向君の大事なところを蹴り上げた。
 日向君のうめき声が鈍く響きそして。
「あっあっ、イッちゃうよぉ、あんっ」
 何故か置き去りにされてるはずの彼女が甲高い声を上げた。


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「えーっと、その、ごめんね」
「……」
 気まずい空気が流れていた。後ろでは先程声を上げてイッた彼女、『恋して愛して鳴かせてよ』のヒロイン愛南(あいな)ちゃんがあられもせん格好でビクビクと震えている。

 そう、パソコン画面の中で。

 因みに『恋して愛して鳴かせてよ』とはエロゲーの題名である。
 私の前にはまだ蹴られたところを手で押さえている日向君が俯いて胡座をかいていた。
「誤解でした……すみません」
「……」
 沈黙が怖い。大事なところを蹴られたのだそりゃあ怒るのも当たり前だ。
 むっすりと押し黙る日向君の表情は読めない。

「いえ、あの、てっきり女の子連れ込んでいると思ったら、ほら、ね?」
「……」
「私に昨日あんな事をしといて今日は違う子か!って思ったら……いえ、その言い訳を言いたいんじゃなくて」
「……」
「日向君~」

 半ば半泣きで縋るように抱きつくとぐいと引き離された。
 余程怒っているのだろうと顔色を伺うと意外にも日向君の顔は真っ赤に染まっている。
 不思議に思い小首を傾げると日向君は顔を手で覆ってしまった。

「日向君……?」
「やめろって」
 彼には似合わない乱暴な口調にますます首を捻る。
「日向君どうしたの?」
 そう問うと予想外の言葉が返ってきた。
「その仕草とか顔とかやめてくれ。可愛すぎてまた襲いたくなるから」
 指の間からみえた日向君の瞳は熱っぽく声も余裕がない。そのことから冗談なんかじゃないことくらいわかり思わず私も赤くなってしまった。

「それから謝るのは僕の方だ。渡部から聞いた、全部嘘だったって。真魚がその、」
 そして日向君は小さな声で「処女らしいって」と付け加える。
 それを聞いて私はもっと真っ赤になってしまった。なんだかよくわからないがとりあえず渡部を許すことを頭の隅で決める。

「本当にごめん。真魚が処女だろうとそうでなかろうと僕はあんなことしちゃいけなかったんだ」
 そう言った途端日向君は頭を地面にすりつけて私に謝った。
 所謂土下座というものだ。
 驚く私に日向君は頭を下げたまま続ける。

「ごめん、本当にごめん。もう無理にしないから、でも……」
「でも?」
 私が反復すると日向君のその綺麗な瞳がゆらゆらと揺れた。何かを言いたいが言えない、そんな雰囲気だ。私は言ってもいいんだよ、と言う意味で日向君の手を取った。

 彼の細いけどごつごつとした指に自分のを絡めると絡め返される。恥ずかしいのだが案外気持ちも良くて続けているとパッと視線を逸らされた。
「どうしたの?」
 時間として数十秒だったがその時間が大変長く感じられ焦れた私はとうとうそう口にした。
 日向君はそれを聞き言いにくそうに前置きをする。

「僕の自惚れなら恥ずかしいのだけど」
「いいよ」
「真魚、僕の事好き?男として」

 瞬間火を付けられたように私は真っ赤になった。そんな私に構わず日向君は続ける。
「真魚のこと、本気なんだ。ずっと好きだった。あんな事しておいて図々しいのはわかってる。でも僕は諦められないほど真魚が好きなんだ」

 日向君の顔が直視できない。震えてしまう手を撫でられて変な声が出てしまいそうになった。
「付き合って欲しい。いつかあの続きも了承の上でしたい」
 熱っぽい瞳でそう言われて胸が掴まれるような錯覚に陥る。
 頷きたい、けど簡単に許してもいいのだろうか。
 あんな事をされて、無理矢理恥ずかしい所を解されていっぱいいっぱい啼かされて。
 でも――。
 たしかに今目の前にいる彼は本気だ。まっすぐな瞳がそれを愚直にあらわしている。
 そんな日向君から逃げられるわけない。自分の気持ちから逃げられるわけがない。

「真魚」
 その低い掠れるような男の人の声が、触れる手が身体を疼かせる。
 やっとの想いでこくんと頷き見上げると彼は目を細めて微笑んでいた。

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「して欲しい」そういったのは自分だ。
 明日は授業があるから、優しくできそうに今日はないから、初めてで下手くそだから、数々の理由を上げ日向君は私の誘いを断ろうとした。
 それを私は明日は午後からだから、優しくなくてもいいから、私もおなじだから、そう言って返して。 結局日向君を丸め込めた。
 しかし今それを少し後悔している。

「あっ、やっ……ひなっ、」
「真魚、真魚っ」 
 響くのはぐちゅぐちゅとした卑猥な音だけだ。立派に大きくなった日向君のそれで下の入り口を擦られ同時に胸を愛撫されているだけで日向君のそれは実際はいっていない。それなのに私は先ほどから数回絶頂に達していた。
「ひなっ、日向くっ……」
「何、っ真魚……?」
 挿れてほしい、そう言いたいものの押し寄せる快感と羞恥にその言葉が出ない。ただ私は彼の名前を連呼するだけだ。
 日向君もわかっているはずなのにあえてかそれをせずそそり立つそれで粒を押しつぶしたり擦ったりっしていた。
「ぐちょぐちょの真魚も、可愛いね」
 耳元でそう甘い声で囁く日向君は妖艶だ。苦しそうに眉をしかめるもその唇は満足そうに弧を描いている。
「ごめん、でも僕そろそろ限界かも」
 不意に日向君が余裕のない声でそう言った。そしていきなりその大きな熱いものを貫いた。

「!!」
 驚きと痛みで声が出ない。初めて他人を受け入れたそこは日向君をぎゅうぎゅうと締め付けた。
 オーガニズムもへったくれもない。とにかく痛くて痛くて仕方がなく、思わず涙が出る。日向君の背中に爪をたてるとそこから血が出てしまったらしい。指にぬるりとした感触が伝わった。
「ひ、なた……くん、ごっめ、」
「いい、から。こっちこそ、だし」
 日向君が苦しげに荒い息をしながらもにっこりと笑む。私も笑うと唇が降ってきた。
 ついばむような軽いキスを何度もされる。まるで安心して、とでも言うように。

「真魚、好きだ。大好きだ」

 そんな言葉を聞きながら私は意識を手放した。 


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 隣りでは真魚がすうすうと寝息を立てて寝ている。
 その真っ黒な漆黒の髪を掬って僕は唇を落とした。

 優しくしたい。大切にしたい。
 でも絶対逃がさない。

 ごめんね、こんな僕で。って言ったら君は怒るんだろうなぁ。

 卒業まであと半年。そして彼女が佐伯真魚になるのもあと半年とちょっと先の事だ。