missing tragedy

君だから触れたい、君だから触れられない

cock-and-bull……¡ SS 4
 
エリスとノアが離れ離れになる前、お付き合いを始めてすぐくらいのお話。


 光り輝く洞窟内に、エリスとノアはほうっと息を吐いた。いつ見てもその光景には圧倒される。
 自然と古の人間が作り上げた幻想的なこの場所は、ノアとエリスだけの秘密基地でもある。村人や他界したハンナだけではない。義姉のサラだってこの場所のことは知らないだろう。
「綺麗だね。ノア」
 瞬く魔鉱石がちりばめられた壁を眺めるエリスを、ノアはそっと見る。エリスの方が綺麗だとは流石に言えない。そんな歯の浮くような台詞を言えるほど、まだノアには余裕が無かった。
「うん」
 代わりにノアはそっと、エリスの左手へ自らの手を伸ばした。頬に熱が集まり、耳まで熱くなる。
「ほら、あれとか……っ!!!」
 そっと手を握るとエリスの肩が揺れる。羞恥に瞳を伏せてしまっているから詳しい表情まではハッキリと確認は出来ない。が、彼女の耳も朱に染まっているのは薄暗い中でも見て取れた。
「……エリス、」
 ノアはゆっくりと顔を上げると、エリスの瞳をまっすぐに見つめた。そのまま身を乗り出し、距離を詰める。エリスの頬は林檎のように真っ赤だ。
 こんな色にしたのは自分かもしれない。そんな歪な期待と支配欲にも似た感情に心のどこかで嘆息しながらも、ノアはそんな自分が嫌では無かった。
 もちろん以前は嫌悪していた。彼女に抱く自分の感情は異常なのだろうと恐怖し、ふさわしくないとひどく落胆した時期もあった。
 しかし、ノアはノアのままで良いと、そのままのノアが好ましいのだと彼女は言ってくれたから。今は少しだけ歪な感情と欲を抱く自分を許すことが出来ている。エリスがいるからノアは今のままでも良いと思い、現状よりも良くなりたいとも思う。逆に言えば彼女が居なかったら――ノアは様々なものに押しつぶされて生きてなかったかもしれない。
 それだけノアにとってエリスは特別で。同時に、他人に自分の存在意義を委ねているノアは異常とも言えるのかもしれない。
「の、ノア……?」
 近づいた恋人が本当はこれからどうしたいかなど、瞬きする彼女はきっと微塵も理解していない。そのまま押し倒して。抱きしめ、口付けて、明日の朝まで交わりたいなど想像も出来ないだろう。
「……あんまり遅くなるとサラ姉が心配するから。そろそろ帰ろうか」
 その言葉は誰でもない自分に向けたもの。そのまま押し倒して食べてしまいたい衝動を押さえるように、ノアは小さく深呼吸し立ち上がった。
「ね? エリス」
 にこりと微笑み首を傾げる。握った手は離せない。
 結婚し了解を得るまで一番奥まで触れないと心には決めたが、全く触れられないのは流石に耐えられないので。
 今は精一杯。怖がらせないように、しかし決して離れないように、彼女の手を握る。
「うん」
 エリスの頬が緩み、瞳が細められた。ノアの表情もまた。更に柔らかくなる。
「また来よう」
「うん。ありがとう」
 握り返された感触に、今度はノアの肩が揺れた。
end