missing tragedy

今日も君とご飯が食べたい

乾燥きのこのあったかポテトスープ 後編

 ふわりと、桃色のサイドテールとスカートをひらめかせ、リーゼロッテ・アイブラーは一つ年上の友人の手を引いた。

 昨夜から燻ったままの曇天は再び機嫌を損ねかけている。花祭りの準備の為とはいえ、クラスメイトからの『無理なお願い』など安請け合いするのでは無かった――両手合わせて四つもの楽器ケースを抱えながら、己の甘さに後悔していたリゼに救いの手が差し伸べられたのは一時間前。初学年から世話になり、昨年度卒業したフィーネ・クラインだった。

「ありがとう、フィーネちゃん」
「どういたしまして。花祭りでの催し、大成功すると良いね。リゼちゃんの舞台、楽しみだなぁ」
「ふふふ、楽しみにしててよ。ぜーったい満足させるから!」

 のんびりとした応えと柔らかな微笑、やや天然にも近いおおらかさ……に全くそぐわない物理的な素早さと力強さ。誰がどう言おとも、それらは頼もしい先輩(フィーネ)の好ましい点の一部であるとリゼは思う。

 リゼは愛すべき先輩を盗み見ながら、ここ数時間の記憶を辿る。

 大男もびっくりの速さで学校まで楽器ケースを運んだフィーネは、教師からのもてなしを「なんでもない事」と一度は断ったものの、慌て過ぎたのかその場で転倒。校長にまで心配された後、結局は教師の押しに負けて共に茶を馳走になった。
 そして今は当然のようにリゼを家まで送り届けようとしてくれている。
 もちろん奇跡と不運と万が一が重なり、飛び出てきた魔物から後輩を守り逃げ切れる事を前提とした気遣いだと思われる。

(フィーネちゃんの体ってすんごい丈夫だよね……。だからよく食べるのかな? それより……ううーん、今日もホオノキの落ち葉みたいな格好! 色々おっきくて薄茶色いのに、服から出る手足は枝みたい! もっとお洒落すればぜーったい可愛くなるのに! こう、キュッとしめて、魅せるとこ魅せてさぁ! いじりたい……! 私はいじりたいよっ)

 本人達が気付いているかはともかく、その様は盗み見たと言うよりも凝視に近い。リゼはフィーネに掴みかかりその服を着替えさせたい欲を必死に抑える為に、疼く手を握り締め対象を視界に入れまいと必死に目を細めた。

「……? ところでリゼちゃん。あの、そのね……今日これから空いてる?」
「ふぁっ?! あ、なに? 空いてる? 空いてるよっ!」

 自覚無く、微睡みを邪魔された虎猫の様な顔をしていたリゼは飛び上がる。フィーネは地面に視線を落としたまま、しどろもどろに言葉を続けた。

「あの、良かったらこれから……その、きちんと見えて、でも可愛らしい感じの服をコーディネートして欲しいんだ」
「えっ」
 およそ後五年は訪れぬだろうと踏んでいた好機に、リゼの理解はしばしの時間を要す。
(えっ? フィーネちゃんが、服の、相談???)

「あっ、時間ないなら大丈夫だよ! 急に言っちゃってごめ……」
「あるあるあるある‼ そういう時間なら明日明後日明明後日まであるよっ‼ 今からフィーネちゃん家? おっけーおっけー! て言うかフィーネちゃん、何があったの?! あれ? とうとうカイ先輩に何か言われたの?」
「えっ? カイに? 何も言われてないよ?」
「ええっ? カイ先輩じゃないの?」
 まさかの返答にリゼは驚く。

 年頃の女性が服装に悩む事はままある。しかし相手はあのフィーネだ。自発的に自身の装いを見直すとは、にわかに信じ難い。

 (春到来じゃないの?? カイ先輩じゃない?)

 妹を溺愛する兄を持つフィーネには浮いた話ひとつなく、リゼが知る限り親しい異性も非常に限られている。おそらくその中で、皆の前で呼び捨て合う仲なのは幼馴染みであるカイだけだ。
 クラスメイトに対して敬称を付けずに呼び捨て合う事は珍しくもないが、フィーネもカイも後輩のリゼにさえ敬称を使う律儀な性格。

 それにリゼは知っている。不意を突かれた時など極偶に。二人が互いに親しみを込めた敬称を付けて呼び合っている事を。
 幼馴染みという間柄や世間体を考慮しても、呼び捨て合うに至った経緯は想像に容易い。否、妄想に容易い。
 だからこそ敬愛する先輩に春が訪れるとすれば、カイ一択であろうとリゼは睨んでいたのだが。

「じゃあなになに? なんでまた服を? 誰とデート? それとも自分磨き的な?」

 少しだけ拍子抜けはしたものの、その程度でリゼの興奮は冷めやらない。理由はどうであれ、あのフィーネがやっと自分を着飾ろうと思い立ってくれたのだ。千載一遇のこのチャンスを逃す訳にはいかない。

「ううん、もうなんでも良いや! とにかくレッツゴー! その森に隠れるような茶色は今日捨てよう‼ 私に任せて! 飛ぶ鳥も落とす勢いでシリウスさんを抜かしてみせようぞ!」
「う、うん⁇ ありがとう」

 気の良い友人(フィーネ)の手を取りスキップすれば、彼女は緩く微笑み歩調を合わせてくれた。
 いじりたくて堪らなかった鶯色の髪も揺れている。
 苦節三年、満を期しての喜びをリゼは噛み締めた。

(きたよ‼ きたきた‼ やっと! やっと! やっとだよおおお! どうしようかな~きちんとした感じで可愛く……清楚系でも良いし、スタイリッシュな感じに少し攻めても良いよね! あ~髪もさ~迷うよ~!!!)

 一方、フィーネは二つ返事で請け負ってくれた友人に感謝しつつ。
(『とうとう』……? もしかしてリゼちゃんだけでなく、カイにまで服装の事心配されてる? そんなに茶色いかったか……お義姉さんにいつもの格好で会わなくて良かった……)

 自らの装いを見下ろしながら、昨日兄から告げられた衝撃の一言を思い出す。

『妻を紹介する』――正確にはシリウスの『妻(予定)』らしいが――今夜、フィーネは未来の義姉と会食する。

(でも職場の上司さんって言ってたけれど……あの、あのお兄ちゃんが……?)

 『色恋など時間と労力の無駄』と数多の女性の期待を無意識に切り捨て、『よく知らない人間と食事をするくらいならカイと犬の餌の研究でもしている』と在らぬ誤解を広げた兄である。

 美しく整った顔で言ったばかりに、今でも動物愛護団体から誘いを受けているし、年下の幼馴染みが恋人なのではないかとの噂も絶えない。しかも本当に犬好きでカイとも仲が良いので、女性の誘いを断り二人で犬の餌の研究をしていても驚かない自信がフィーネにもあったのだが。

(奥さんって……人間だよね? 実在するよね? お話にある契約結婚とかカモフラージュ的なものじゃないよね??)

 物凄く不安である。

「フィーネちゃん! さあ、さっそく着替えよー!」
 始まりの合図のように、リゼはフィーネの家のドアを跳ね開ける。と同時に、まるで測ったようにパラパラと無数の雫が天から零れ落ち始めた。


🍴🍴🍴
 

 一時間後。

「しかしあのシリウス先輩が……」

 フィーネの髪を結う手を止めると、リゼは顎に手をやり大袈裟に眉間に皺を寄せた。

 あれからリゼはフィーネの手持ちの洋服を全て確認し、紆余曲折を経て、見事『きちんと見えて可愛らしい感じ』にコーディネートしてくれた。
 無難な白のブラウスに淡い緑のカーディガン、そしてお馴染み茶のスカート。
 彼女曰く『正しい着方』でスカートを履き、引き出しの奥にあったガーネットのリボン留めと揃いのカフスボタンを付けるだけでこうも印象が変わるとは、フィーネ自身も驚いている。

 そして今は彼女の好意に甘え、髪まで結って貰っているのであった。

「相手の人、どんな人なんだろうね。私は観察眼が鋭くて、神に見合うような絶世の美女……それもあのシリウス先輩と一緒にいてもまるっとぜーんぶ許せるような包容力ばっつぐんの聖女の様な人だと思う! フィーネちゃんは?」

 リゼに問われ、フィーネは兄の想い人を想像する。しかし。
「う、うーん……? 優しくて頭の良い人なんじゃないかなぁ……とは思うんだけど」
 気難しく交友関係の狭い兄が誰かと恋愛にまで発展し、生涯を共にしたいと考える……その想像がまず出来ない。

「そっかー。曲がりなりにも研究所の職員だもんね。研究員じゃなくても頭良い人しかいなさそーなのに上司! ……ん? 上司?」
「うん」
 素直に頷けば、リゼはううむと唸った。
「上司……包容力……すっごい年の差婚とか?」
 リゼの推測にフィーネも頷く。年の功は人間を寛容にさせ、好みの幅を広げるかもしれない。

「あるかも。エルフとか龍みたいな長生きな種族の血が入った人とか」
「ああそっちかー! そうかー最近は珍しくないもんねー。でも花祭りにわざわざ合わせるなんて、シリウス先輩も雰囲気とか大事にするんだぁ。意外。奥さんの為かなぁ?」

 フィーネも同感だ。だがもし、妻となる人(?)に出会い、兄に相手を思い遣り楽しませる心が芽生えたならば喜ばしい事この上ない。

「ところで花祭りと言えばさぁ」
「うん」
 フィーネはまだ見ぬ義姉に思いを馳せながら、相槌を打った。

「フィーネちゃんは好きな人いないの?」
「うん、っえぇっ⁉」

 不意打ちの質問にフィーネは思わず振り返る。瞬間。
 轟音と共に二階建ての家屋が大きく揺れ、次いで微かな悲鳴が耳に届く。

「えっ⁉ な、なに? これぇ? 雷?」
「ちょっと外見てくる!」
「え? フィーネちゃん?! 気を付けてよ!」

 リゼの言葉が終わる頃には、フィーネは玄関から飛び出していた。

 今も耳に残る悲鳴には聞き覚えがある。先日会ったカノンだ。気のせいかもしれないが、それを確かめている程時間は無いように思えた。

 煙るような雨が視界を遮る。闇雲に探してもどうしようもない。まずはと彼女の家へと向かおうとした時、フィーネの後ろで何かが動いた。

「ギュェッ、ギッギッギ!」
「え? っわあああぅ……っ‼」

 振り向こうとした刹那、何かにぐいっと衿を掴まれる。抗う術などそこには無く、されるがままにフィーネは引き摺られるようにそれに従うしかない。

(?! く、なっ、くるしっ、しまっ! うぅ)

 天から降る雫のほかに、生理的な涙が眦を濡らす。距離にしてそれは数メートルだったかもしれないし、数十メートルだったかもしれない。偶然か意図してか。得体の知れぬ何かは急くようにフィーネを引きずり、つと真っ二つに裂けた大木の下で暴力的な力を緩めた。

「っ、は、っはぁ……っ……!」

 咳き込むフィーネが見上げた先にはうつ伏せに倒れたカノン。”雷”とのリゼの言葉と身重の彼女の笑顔が蘇る。
 乱暴に導いた謎の存在も忘れ、フィーネはカノンへと駆け寄った。

「カノンさんっ」

 大きなお腹を守るように蹲るカノンにフィーネは躊躇う。すぐにでも温かい部屋へと運んであげたい気持ちはあるが、無理に動かせば母子共に危険にさらしてしまうかもしれない。
(私ひとりじゃダメだ……!)

 フィーネは着ていたカーディガンを脱ぎ、降りしきる雨から庇うようにカノンへとかける。

「カノンさんっ! 今、呼んできます!」
 時は一刻を争う。ぐっと奥歯を噛み締めて、フィーネは泥濘を蹴ろうとした。ところが。

「っ!!」
 視界の端で裂けた大木が傾ぐ。冷静に考え判断する間もなく、気付けばフィーネは泥濘を予定の方向とは逆に蹴り、カノンと大木の間へと飛び出していた。

「ギュッキュッ」
 足元から発せられたそれに気付くこと無く、フィーネは容赦なく襲いかかる幹へと両手を伸ばす。
 瞬間、幾つもの淡い緑の光がフィーネを包み、目の前の大木が音もなく霧散した。同時に光の中で泥だらけになった腹部が歪んだかと思うと、斑のような黒点が滲み始める。

(あ、あれ?)

 おそるおそる瞳を開けたフィーネは己の予想だにしなかった異変に気付いた。黒点は歪み、じわじわと拡がり、真ん中でなにかがキラリと光る。

「な、に…………?」

 禍々しい様相のそれは、フィーネの意識をも滲ませっていった。



🍴🍴🍴



「大丈夫ですか?」
 突然始まった激しい頭痛に遠のきかけた意識を引き留めたのは、女性店員の一言だった。疑惑と不安、心配の入り交じった視線にカイは慌てて姿勢を正す。

「は、はい! すみません」
 財布から告げられた額の紙幣を取り出し、『リィン本店』と書かれた木製のトレーへと置いた。遠くから雷鳴が聞こえる。昼過ぎからの雨は弱まること無く、リィン大通りの石畳を濡らしている。

(喜んで……ううん、渡せるかもまだわからない、んだ……それに……)
 頭が激しく痛み思考がまとまらない。

 精巧な時計たちが刻む音は妙な焦りを、心奪われるような繊細な細工物の輝きは何故か不安を募らせる。今、カイを翻弄する胸の動悸や火照りは、入店直後とは明らかに別種のものだ。
「ありがとうございました。お気を付けて」
「ありがとう……ございました……」

 カイは店員からレースペーパーが重なる手提げ袋を受け取り、弱々しく礼を返した。覚束無い足取りで入口へと向かい、傘立てから自分の傘を探す。次はシリウスお気に入りの菓子店へと行く予定だ。
 カイはよろめくようにガラスの扉へと手をかける。映った青白い童顔の先に、大通りの端でうずくまる女性が見えた。

(あれ……おばあさん……? こんな雨の中で……何か探して……それとも……)

 春と言えどもまだ冷える。そんな誰かへと向けた言葉を思い出しながら、カイは雨に濡れる女性へと足を動かそうとする。

 曇天に稲妻が走り、次いで天を割くような轟音が響く。まるでそれが合図であったかのように、ふっと全身から力が抜けて。

 カイはその場にくずおれてしまった。




 
「ああ、気付いたか。お前具合悪いなら言えよなー」
「あ、……すみません……」

 ぼやけた頭のまま、むくりと起き上がったカイに髭面の男は嘆息した。
 シンプルなベッドに机。ビジネス用の簡素な部屋で職場の上司は濡れた頭を吹いている。机の上の二つのカップには温かな紅茶が並々とつがれていた。
 未だに現状が掴めず、カイは記憶を必死に辿る。頭痛が急に酷くなり、店を出る為に傘を探し、大通りにうずくまる高齢女性が心配になり扉を押そうとして。
(あれ……?)

「すみません! あの、おばあさん! 僕の近くに倒れている方がいたと思うんですが!」
「第一声がそれか? 念の為って、お前より元気に歩いて医者行ったぞ。後から来た孫達に付き添われてな。つーか、お前なぁ……」

 呆れ返る上司にカイはハッとなる。

「すみません、ありがとうございます!」
「違ぇよ。お前な、具合悪いんなら言え。大通りで人集りが出来てたから見てみたらさ、婆さんはうずくまってるし、近くでお前はぶっ倒れてるし。ビビるわ。しかもお前の方は青い顔してんのに、すーすー寝息たてて寝てるじゃえねぇか。ツレの俺が恥ずかしかったんだからな。ガジ呼んで、流れで婆さんの孫にもオレが説明して、周りに礼も言って二人でえっさらほいさおぶってきたわ」
「す、すみません! ありがとうございます。本当にすみません」

 女性が無事に医者へと行けたらしい事は良かったが、とんでもない大事にもなっていたようだ。
 カイは口は悪いが、結局は面倒見が良い上司へともう一度深々と頭を下げた。

「ガジにも礼言っとけよ。アイツ馬鹿だから。お前が死ぬんじゃねーかってこの雨の中、栄養ドリンク買いに行ってるよ」
「ガジ君……あの、本当にすみません。ありがとうございました」

(ガジ君もありがとう……)

 ぺこりと頭を下げるカイに、彼は「ほらよ、これ」と手提げ袋を差し出す。袋には名店マ・レーヌの印字。抜かりのない上司にカイは慌ててポケットを探った。

「タルトまで……本当に何から何までありがとうございます。今代金を……」
「送料込な」
「はい!」
「いやそこは突っ込めよ。恥ずいわ」

 頭を搔く上司は窓の外を見る。雨はまだ降り止まず、寧ろその勢いを増している。

 時折雲間を稲妻が走っては、鈍い地響きのような音が続いていた。

「それよりお前だけ帰るの少し伸ばすか? 具合悪いんだろ? 店には俺が先に帰って言っておくぞ?」
「お気遣いありがとうございます。でも大丈夫です。もう痛みもありませんし、予定通り……あっ」
「はは。……これか?」

 ニヤニヤ笑いと一緒に、上司はレースペーパーの付いた手提げ袋を振る。

「っ! 良かった……ありがとうございます」
 ほっとしたように受け取るカイに上司は更にニヤニヤ笑いを深めた。

「愛しのあの子にあげんのか?」
 上司の言葉にカイはビクリと肩を揺らし固まる。穏やかだった心音はあっという間に早くなり、頬と耳は熱を帯びていった。

「ちっ、違います! これはたまたま見つけて! いつもお世話になってるし、偶にはお礼をと! 花祭りもある事ですし、あくまで日頃のお礼をしたいなぁと思ったんです! それにほら、クラインさんこういうの好きなんですよ?! 工芸品とか! 細やかで味わいがあって素敵だから! 集めてるってたまたま聞いていたんで、プレゼントしたら、あの……お礼になると思ったんです!」

 自分に言い聞かせるように、カイは口早に経緯や理由を話す。

 これはあくまでお礼。花祭りの風習――家族や配偶者、恋人や親しい友人へ、敬愛と感謝を込めての品を贈る――に則って、日頃の感謝にと用意した事に嘘偽りは無い。

 物凄い速さで普段の数倍話すカイに、上司は喉を鳴らして笑った。
「知ってるさ。この間もお前、日頃の感謝だって皿買ってたしな」
「あれはたまたまパスタ皿にヒビが入ってたんです」
「そうそう。ただの幼馴染ちゃん家のパスタ皿のヒビまで、お前は知ってるもんな」
「……知ってます。けど、それは夕飯をよく一緒に食べるからで……」
 自らの言葉に更に顔が熱くなり、同時に胸の奥が微かに痛む。

「すまんすまん。上手くいくと良いな」
「はい……喜んで貰えると良いです」

 上司の意図したものに対する正しい答えは返せなかった。

「それより凄い雨だな。ガジのやつ、大丈夫か? 明日の昼には帰んなきゃ行けねぇのに……」

 上司は煙草に火をつけると箱型テレビのスイッチをいれる。

『速報です。本日、ジオール市民を恐怖へと陥れた連続通り魔事件の初公判が行われました。当時の状況として新たに……』
「物騒だな……」

 白い煙を吐き出し、上司は窓の外を仰ぐ。

 高層アパートメントにデパート、有名チェーンの海鮮レストランに老舗玩具屋、香水専門店まで。

 土砂降りの雨は街全体を覆っていた。