missing tragedy

過ちて、改めざる是を何と謂う

兎の想いは天に届くか 第五夜 ★

 抱き締めたフィンからどくどくと速い心音が聞こえる。その音にルナの鼓動も更に歩みを早くさせた。
 こんなにもたった一言を伝えるのが難しいのだと思っていなかった。口から出てしまった後もそれはルナの耳に木霊して心を揺さぶり、身体に異常をもたらす。同じ気持ちなのだと応えたルナでさえ感じてしまう不安感に、あの時彼はどんな気持ちで立ち向かい、ルナの答えを受け止めようとしたのだろうか。そして二度目の今もどんな気持ちで挑んでいるのだろうか。それを思うと更に胸は苦しくなった。
 腕に力を入れるとびくりとフィンは肩を揺らし、ルナを引き離そうと試みる。
「ルナ、僕は……今……」
「知ってる。発情期でしょ?」
 瞳を逸らすフィンにルナは間髪入れず答えた。
「うん……だから、」
「フィンが私と一緒にいる時期じゃないの?」
 どんな時期かなんてもうわかっている。わかって傍にいるのだと、ルナは唇を尖らせて抗議した。それなのに、しどろもどろになって真っ赤になるフィンは尚もルナから離れようとする。
「そうなんだけど……本当はすごくすごく一緒に居たいんだけど……でもこのままだと僕絶対、ルナを困らせちゃうって言うか……」
 だんだん小さくなる言葉と共にフィンの獣耳も萎れていった。ルナだってフィンと一緒に居たい。これから可能な限り多くの時間を彼と共有出来たら嬉しいし、楽しいだろうとも思う。困らせてしまう、と彼は言うが実際一緒に生活していた時も、彼によってルナが心底困った事は無い。もし言葉通りの理由ならば出来たら傍に居させて欲しい。
「どうして?」
 詳細を聞いてから否定しようと思った。それくらいならば大丈夫だと。一歩近づいて覗き込むとフィンの顔が更に赤くなった。垂れた獣耳が震えて、昔見た子ウサギを思い出す。熱っぽい蜂蜜色が一緒に居たいという言葉を裏付けているようで、ルナは恥ずかしいのに嬉しくなってしまう。
――フィン、とっても可愛い……。可愛くて、なんか胸がぎゅってなる……。
 もっと知りたいと思った。もっと知って欲しいとも思った。彼の良さを大勢の人に伝えたい気もするし、自分だけに見せて欲しいとも思う。フィンだけに抱くこの気持ちは、独占欲という一言で表せるほど単純なものではない気がする。
「絶対最後までしちゃうし……避妊の薬なんて常備してない」
 涙目でしょんぼりとしたフィンが告げる。その言葉にルナは一瞬驚き、そしてすぐにふっと息を吐くように笑ってしまった。
「なんだ……」
 彼が自分を求めてくれていることが堪らなく嬉しかった。ルナの身体の心配をしてくれた彼が、同時に残念に思ってしょぼくれてもいる彼が、堪らなく愛しかった。だからこそルナは微笑まずにはいられなかったのだ。
「あのね、ルナ。大切なことなんだよ? 妊娠したらルナには大きな負担になるし、準備だって必要なんだから。産まれた子の為にも生活だって安定させてからじゃないと」
 フィンは怒ったような、困ったような、何とも表現しがたい表情で幼子に言い含めるように話す。そんな彼を安心させようと、ルナはにっこりと笑ってそれに答えた。
「大丈夫よ。薬なら持ってるわ」
 フィンの表情が戸惑うようなものになる。何故ルナが持っているのかわからないのだろう。そんなもの常に持っている方が珍しい。当たり前かもしれない。
「えっと……実は婚前に伯爵様に何かされそうになった時の為にある人が持たせてくれてて。ただ今回ので手を上げられたら飲む暇はないって身に染みてわかったけどね」
 口にしてから後半は笑えなかったと後悔する。苦し気に更に眉を顰めたフィンが頬に触れた。
「……あの人に殴られたの……?」
「大丈夫よ。もう腫れも引いたし痛くないし!」
「ルナ……」
 彼の蜂蜜色が瞳にたまった水に溶けた。辛うじて零れ落ちることを堪えているそれに、ルナは思わず苦笑してしまう。
 こんなに泣き虫だったかなぁと困りつつも、やはりそこも可愛く思えてきてしまうのだからルナも大概なのかもしれない。
「大丈夫だよ。何よりこれからはそんな心配しなくても良いんでしょ? フィン?」
 そう言って覗き込んだルナをフィンは力強く抱き締めた。震える彼から熱い雫が落ちて、ルナの肩を濡らした。
「ごめんね……僕が勇気を出せなくて……迎えに行かなかったから……」
 別に負い目を感じることなどない。むしろルナの方こそフィンに甘え過ぎだと思う。
 気が弱く泣き虫で臆病な彼が、人一倍優しくて格好良くて頑張り屋なことをルナは知っている。フィンがフィンだからこそルナは愛しくて仕方がないのだ。
 泣き虫な幼馴染みをルナはぎゅうっと抱き締め返し鼻先に短いキスを贈った。
「もう泣かないで。それに嬉しいんだよ? 私のこと、大切にしてくれるって……」
 最後の方は照れくささで小さくなって、すべて彼に聞こえたかはわからない。代わりに彼が息を呑む音はハッキリと聞こえた。
「ルナ……!」
 数秒後、名前と共に再度勢い良く抱きつかれ、ルナはフィンと一緒になって後ろにひっくり返った。ルナに負けず劣らず彼の身体は熱い。服越しに速い心音が伝わる。
「もう無理……好き……好き、ルナが好き……」
「フィ、フィン?!」
 甘えるように頬を擦り寄せられ、ルナよりもほんの少し大きくて骨ばった手で背中を撫でられた。心臓が騒いで、爆発しそうになる。
「僕を選んでくれてありがとう。嬉しい……月並みだけど、絶対大事に、大切にする。ずっとずっとルナだけだから……僕の全てをあげるから、僕にだけ、君の特別な好きをちょうだい……」
「そんな……それだけじゃなくて、私も全部フィンにあげたい……」
 アンフェアな気がしてむくれると唇を奪われた。驚く間もなく、舌を捩じ込まれて絡められ、吸われる。激しく甘い口付けにルナも精一杯応えるとさらに強く抱き寄せられた。
「んっ……んっ、んっ……はぁ……ふぃん……」
「……前言撤回しない?」
 唇を離したフィンが蕩けるような笑みで尋ねる。熱っぽい瞳がルナを求め、胸を甘く締め付けた。
 前言撤回なんてするはずがない。ルナは項まで赤く染めながら頷く。
「ルナ……ベッドに君を抱っこしていっていい?」
「え?! 大丈夫自分で……っ」
「ベッドに行っても良いなら僕が運ぶよ」
 最後まで答えきる前にフィンはルナを抱きかかえた。細くて小さい身体のどこにこんな力があるのだろうか。いわゆるお姫様抱っこを軽々とこなされ慌ててしまう。
「フィン、大丈夫だから! 重いし自分で行けるわ!」
 じたばたと抵抗を試みるも、フィンがひっくり返らないよう注意しながらの中途半端な抵抗で彼の歩みを止められるはずがない。
「少し鍛えたんだよ? 元から力は強かったけど驚いた?」
 彼は破顔し嬉しそうにぴょこぴょこ獣耳を動かしている。嬉しくて堪らないようだ。恥ずかしさに身を捩るルナを抱え、運んで行く。
「驚いた! 驚いたから! 恥ずかしいよ……!」
 あっという間に部屋を出ると寝室のベッド、シーツの上へとそっと降ろされた。そのまま覆いかぶさられ、蜂蜜色が近づく。それた意識が再びフィンへと戻った。
 ついさっきまでの浮かれた様子は消えている。頬を朱に染め、真剣で熱を帯びた瞳はルナを捕らえていた。
「一度目に求婚した時に沢山本で勉強したから……多分大丈夫だと思う。頑張るけど、痛かったり辛かったりして辞めて欲しくなったら……直ぐに言って。頑張って止めるから」
「う、うん……」
 そんなことまでしてくれていたのかと嬉しくなる反面、さらに恥ずかしくもなる。これから一緒にすることがどんなものなのか詳しくは知らない。書物や聞いた話以外では、動物の交尾くらいしか見たことはないのだ。第一当事者とそうでない者とでは全く話が違うと思う。
 羞恥心を誤魔化すように「薬、飲むね」と告げルナはポケットを探った。固いガラス製の小瓶を引っ張り出し、中に入った小さな飴玉のようなそれを出して口に入れる。そのまま呑み込むと、フィンの唇がゆっくり重なって離れた。向けられた彼の熱い眼差しが身体の温度を上げる。
「ルナのこと……途中で噛んじゃったらごめんね」
「フィンはそういう時に……噛みたくなっちゃうの?」
「うん。ルナが僕だけの番なんだって印……獣人には多いんだけど、ハーフである僕もやっぱり噛みたくなっちゃうかもしれないなって……わかんないけど。でも、もし噛む時はなるべく痛くないように気をつけるから」
 つと口にしてしまった疑問に、眉を下げてフィンは答えた。困ったような笑みを浮かべ、しかしその瞳はやはり熱っぽい。
「……それなら喜んで。でもその時は私も噛んでいい?」
 フィンがルナをそういう意味で噛むというならば、ルナも同じ気持ちなのだと示したい。そういう意味で尋ねたつもりだった。ところがその言葉は彼にとって意外なものだったらしい。フィンは慌てふためき真っ赤になってしまう。
「えっ……ルナが……!? 僕を?!」
 もしかしたらそれは番同士お互いし合うものではないのかもしれない。または何かしらの理由から彼が嫌がっている可能性も考えられる。
「嫌ならやめるわ」
 刹那、無理強いするつもりはないと、言い足したルナの手首が掴まれた。そのまま強くフィンに抱き寄せられる。
「違うんだ……そうじゃなくて、……僕でいいなら……噛んで。いっぱいいっぱい君のって印つけて貰えたら、嬉しい」
 その言葉に思わず笑ってしまった。熱っぽい蜂蜜色の瞳と真っ赤な頬はときめいてしまうし、真剣な声音も言葉も嬉しいけれど、それだけ聞くとどこか可笑しい。
「なんか、そんなふうに言うとちょっと変態っぽいわ」
「大好きな番である君に噛まれたいって思うことがそんなに変? ……番に対する甘噛みは自分だけを見てっていう独占欲の証らしいし……ルナのこと欲しがっちゃダメなの?」
 フィンは拗ねたようにそう告げると、ルナの手に頬を寄せた。ルナは慌てて瞳を伏せたが、赤くなった頬は隠せない。
「そ、そっか……なんかちょっと恥ずかしくなってきたかも……」
 手首にちゅっと音を立てて口付けられる。ぴくりと身体を震わせると、フィンは手首を掴んだまま甘えるように頬に擦り付いた。
「恥ずかしがるルナ、すごく可愛い」
 耳元で囁かれ羞恥でどうにかなってしまいそうになる。
 自分はそんなに可愛くなんかない。どう見ても可愛いのはフィンの方だ。頬を含め朱に染まった肌は滑らかだし、控えめだけれど人懐っこい笑みはこちらまで温かい気持ちになる。それに発情期の時にあらわれる牙も可愛らしいと思う。
 ルナはフィンの頬を包むとそっと牙に触れた。尖っているけれど獣のそれほどではない。八重歯みたいでやっぱり可愛い。獣耳だってそうだ。柔らかそうな毛で覆われていて、温かそうでもある。
 ふと、彼の獣耳の触り心地を確かめたくなってルナはフィンの獣耳に手を伸ばした。茶の毛が生えた野兎のような耳には、一度しか触った事は無い。どんな手触りなのか、今なら確かめられるような気がする。

「うぁっ!」
 触れるた途端、悲鳴にも似た声をフィンが上げた。ぎゅっと瞳を閉じた彼の顔が、あっという間に真っ赤に染まる。
 獣耳は思ったよりも柔らかくて手触りが良かった。ふわふわの毛に包まれた、生まれたての子兎や子狐のようだ。
「やめ、て……ルナ……そこ僕、苦手……うっ……あっ……」
 拒否する言葉は聞こえていたが、フィンの声が思いの外可愛くて触るのを止められなかった。それにずっと撫でていたいほど手触りも良い。
――気持ちいいわ……それにフィンには悪いけれど、なんかとっても可愛い……。
 ふさふさの毛に覆われた獣耳がぷるぷる震えるのも愛らしいし、目を瞑って真っ赤になるフィンの反応も大変可愛い。悪いと思うが、ついあまり長くないそれを弄ってしまう。
「やっ……ル、ナぁっ……だ、め……」
 かくっとフィンの身体の力が抜けて、彼はそのままルナに覆いかぶさるように倒れた。荒い呼吸を繰り返し潤んだ瞳で睨まれる。
「ルナ……!」
「ごめんねフィン……つい気持ち良くてなでなでしちゃった……大丈夫?」
「止めてって言ったのに……」
 恨めし気にそう告げるフィンの頬は赤い。良くないことをしてしまった事は否めなく、やり過ぎたというのも当たっているだろう。慌ててルナは謝った。
「本当にごめんね……可愛かったから……もう触っちゃダメ……だよね?」
 それでもあの感触が諦めきれず、ルナはだめ元で付け足す。
 フィンはその言葉に一考すると、やがてぼそぼそと聞きづらい声で答えた。
「しばらくは……僕がちゃんとした大人になるまでは……」
「大人……?」
 その言葉に首を傾げる。同い年のフィンも成人の儀はこの間迎えたはずだ。それにその答えに繋がった脈絡もよくわからない。大人になれば触っても良いとは一体何なのか。
「ちゃんと余裕が持てるようになるまではってこと……」
 フィンの言ったことの意味を図りかね尚も見つめていると、熱い蜂蜜色がルナを捕らえて融かした。そのまま近づいて口付けられる。舌を絡める深くて甘いキスをされ、先ほどの言葉に異議を申し立てたくなった。
 こんなもっとと求められるような、食べられてしまいそうなほどに激しくて融けるようなものは子供同士ではしない。彼は相変わらず細くて白いけれどルナよりもずっとしっかりしているし、先ほど押し付けられたものも熱くて大きくて子供と言う言葉とは不釣り合いだ。声だって男性として低い方ではないが、こんなにもルナの心臓を高鳴らせる。
 もっともっとフィンが欲しいと思ってしまう。際限なく欲張りになってしまう。
「ルナ……」
 離された唇が今度は額に寄せられた。音を立てて口付けられ、愛おしそうにこちらを見つめる蜂蜜色が熱く零れる。スカートがたくし上げられて長く白い指が太腿を撫でた。期待にルナの体温が上昇する。
 フィンは自らのボタンに手をかけるとシャツを脱いだ。華奢だが明らかにルナとは違う身体に鼓動が速くなる。あっという間に下着とスカートを脱がされ、露になった秘所を凝視された。

「っはぁ……ルナの……」
 悩まし気な溜息を吐きフィンは呟く。そして恐々とでも言うようにそっと、しっとりと濡れた秘所に指を滑らせた。
「あっ……」
「ここ、であってる?」
 確認をするとフィンはそこを前後に撫で始める。溢れる蜜が指の動きを助けて花芯を掠めた。
「や、あっ……んっ……」
 思わず仰け反ったルナにフィンは確信を得たのだろうか。敏感なそこを意識するように重点的に攻めながら撫で続ける。
 ぬち、ぬち、と恥ずかしい音が闇夜に響く。愛液を纏わせた指で浅い所を責められ、頭がおかしくなってしまいそうだ。
「フィン……や、も……あっ、だめ……ふぃん……」
 言葉とは裏腹にルナの腰はゆらゆらと揺れる。もっと沢山触って欲しいと、ナカまで愛して欲しいと強請るように腰が動く。
「っは……ルナ、気持ちいい?」
「あっ……あっ、だめフィン……」
 羞恥で涙が滲んだ。胸を口に含まれそっと花芯を摘ままれる。同時に泥濘にも指を埋められて浅い所を掻き回された。
「あっ……やぁ…ぁっあっ……」
 湧き上がってくる経験のない感覚に追い込まれ、ルナはとうとういっぱいになってしまった。目の前は真っ白に染まり、力も入らない。温かなそこからは蜜が溢れ、フィンの指とルナの太腿を伝った。
「気持ち、良かったんだ」
 蕩けるような笑みを浮かべると彼は指をゆっくりと奥深くへと進める。狭い蜜壷を優しくひっかき、撫でた。甘い刺激にルナは嬌声を漏らしてしまう。それでも増えていく指は奥深くを知ろうという探求心を失くさない。
「こことか……どう?」
「あっ……や、だめ」
「ごめん……じゃあここは?」
「やだ……フィン、あっ……や、ふぃん……」
 否定の言葉が本音ではないことはすぐにばれた。もとより嫌だと言いながら、こんなに積極的にルナは動いているのだ。彼に隠せないのは当たり前かもしれない。
 奥深くを探られる度に波のように押し寄せる快感に飲み込まれてしまいそうだ。普段穏やかなフィンからは想像できないほど激しく掻き回された。熱を持った眼差しと荒い呼吸が更にルナを苛む。
「ね、ルナ。いれていい?」
 熱い溜息を零すフィンに尋ねられた。蜂蜜色はもうどろどろに溶けている。ルナはゆっくりと頷いた。
「ありがとう……」
 ほっとしたように相好を崩しフィンは履いていたズボンを下す。フィンの下着は膨張した先、一部分だけ色が変わっていた。明らかに普段とは違う見たこともないそれの様子に見入ってしまう。
――あれが、入るのよね……?
 ルナの視線がそこに集まっていると気付くと、決まり悪げな顔をしてフィンは弁明し始めた。
「これは……そのルナが欲しくて我慢できなかったというか……とっとにかく、あんま見ないで」
 羞恥に頬を赤らめフィンは前かがみになる。もう少し見ていたかったと残念に思ったが、あまりじろじろ見るのもはしたないかもしれない。
「わかったわ……」
 視界の端で下着を脱ぐフィンが映った。細くて白い身体に似合わない昂りがあらわれ、はからずもルナは告げたばかりの約束を違えてしまう。
「……痛かったら、言って」
 おそらくフィンのものだろう――濡れているそれを蜜口にあてがわれる。指とは比べ物にならない質量のものがゆっくりとルナの中へ入っていった。
「うっ……あ」
「ごめ、んね……」
 痛いとか苦しいとかそんな単純なものでは表せない感覚。そんな表現しかルナには出来ない。辛いことは確かで、涙が滲むのも事実だ。フィンも額に玉のような汗を浮かべ、眉間にしわを寄せていることから苦しいのかもしれない。
 それでもルナはフィンだからこそ行為を続けたい。もっと先に進みたいし、もっと彼のいろんな表情を、全てを見て感じたいと思う。
「っはぁ……だいじょぶ?」
 こくりと首肯すると蜂蜜色が近づいて唇に柔らかい感触が降った。ちゅ、ちゅ、と短く口付けながらフィンは少しずつルナの奥へと進んでいく。増していく圧迫感に涙がぽろぽろと零れた。
「ルナ……今夜は、やめとく?」
 不意にフィンの動きが止まって、心配そうな瞳がルナを覗き込んだ。相変わらず眉間にはしわを寄せたままだし、赤味がさした頬も変わらない。ただ一つ潤んだ熱っぽい瞳の奥がルナを案じるように揺れていた。
「で、でも……」
「ルナが苦しいなら……やめてって望むなら僕はやめたい」
「だってフィンのもう大きいし……ここまできて……」
「ルナと最後までしたいのは本当だけど、……無理させたくないよ」
 そう言うとフィンは苦笑いを浮かべながら「僕は大丈夫だから、ね?」とルナを諭すように付け足す。彼が欲望を抑えて我慢していることも、ルナの身体の為を思って提案していることもすぐにわかった。ルナと繋がっているそこは元気なままだし、無理に笑っていることくらいこれだけ付き合いが長いのだ、気付かないわけがない。
 ふと、フィンの相手がルナでなかったらと考えてしまう。もっと経験があって何処をどうすれば良いのか、どうしたら彼が喜んでくれるのかわかる女性だったら……きっとこの時間をもっと心地良いものにしてあげられたのに。
 同時にこのまま中断してしまうことがひどく怖くなる。失敗したことでフィンがもうルナとしたくなくなってしまったり、或いは自信を失ってしまったりしたら。それは非常に悲しい。
 彼が好きでいてくれることは疑わない。交わることだけがお互いのことを想っているという印でないことも知っている。でもこういうことをするのも自分とが一番気持ち良いと、幸せだとできれば思って欲しい。
「やだ……」
 わがままだった。フィンを傷つけてしまうことが。自分といて心地良いと思ってくれないことが。そしてそのことによって自分から離れてしまことが。それら全てが怖いルナの、自分勝手なわがままだった。
 そっと彼の頭上に手を伸ばす。ふさふさの獣耳をぎゅっと掴んで首筋に噛みついた。


※※※

「ルっ……な、あっ……」
 自分から信じられないような艶っぽい声が出たことにフィンは驚いた。縋るようにルナを強く抱きしめると、彼女のしっとりとした肌が合わさる。昂りが更に大きくなって、意思に反し奥へと入れてしまう。彼女が快感を拾えてないことは表情からも強張る身体からも伝わっている。それでもルナはフィンを求め強請るような言葉を吐く。
「嫌……フィンが、ちゃんとっ……全部、欲しいよ……」
「あっ…う、もう…! ルナっ……」
 獣耳を強く握られて、何かが溢れてしまった。硬く熱い杭を奥に当てるように進める。飢えた獣のような瞳でフィンはルナを捕えた。
「だめって……もう、君はっ……」
 そのまま剛直を勢いよく引き抜き、すぐに最奥へ戻す。喉を反らして啼く彼女のナカを抉るように何回も腰を打ち付けた。
 淫らな水音を立て隘路を貪る。理性などとうに失くなっていた。
 独り占めしたいし、自分だけを感じて欲しい。今だけは自分でいっぱいになって欲しい。そんな邪な思いで溢れる。フィンはルナの首筋に牙を立て噛みながら欲望のままに穿ち続けた。
「ルナっ……」
 名前を呼んでフィンはルナのお腹の奥に熱いものを吐き出した。体中の力が抜けて彼女に覆いかぶさるように倒れてしまう。何回か深く呼吸して頭がはっきりしてくると、今度は罪悪感が襲ってきた。
 狭いナカと言い、痛みを堪えていた様子と言い、おそらく彼女も初めてだったのだろう。
 なのにフィンは彼女に衝動のまま欲をぶつけてしまった。もっと労わって大事に事を進めるべきところをフィンがしたいように貪ってしまったのだ。
 とんでもない失敗を犯してしまったかもしれない。
「フィン……」
 不意に背中を撫でられ、肩が大きく揺れてしまった。慌ててフィンは身を起こし言葉を探す。
「ごめ、僕、出して……ルナ痛かったよね?」
 うまいことが言えないフィンにルナは首を横に振った。そしてほんのり頬を朱に染めると瞳を細め微笑む。
「奥に……フィンのがいっぱいで……嬉しい」
「ルナ……」
 ルナの言葉に泣いてしまいそうになる。嬉しくて胸と顔が熱くなる。ルナのナカのそれが質量と硬さを取り戻して彼女がもっと欲しくなった。
「全部、入った……? フィン気持ちいい?」
 首に腕を回されてそう尋ねられる。不安げに揺れる瑠璃色にフィンは焦がれるような、切なげな眼差しを返した。
 気持ち良くなかったわけがない。すごく好かった。繋がっているということ自体が幸せで仕方ないのに、彼女のナカは温かくて優しくて幸せ過ぎて溶けてしまいそうになる。
「うん……ぴったり」
 かぁっと益々顔を赤くさせ一回だけ奥をコツンと突く。彼女は眉間にしわを寄せ、目を強く瞑った。未だ明確な快感は拾えてないのだと思い知り、謝罪の意味も込めてぎゅっと抱き締める。
「無理させてごめん」
 瞼に、額に、頬に、こめかみに、短いキスを送る。辛いことを強いてしまって悪いと思う反面、もっと彼女を知って奥深くを探りたいとも思った。しかし、痛むであろうそこのことを考えるとそれも憚られる。
 奥を知りたい衝動を必死に抑えるフィンの額に玉の汗が浮かぶ。口付け昂りを締められる度に理性が試されたが、ルナの為ならばと、ぎりぎりの所で踏みとどまった。
「どうしたの……?」
「なんでもないよ」
 さすが幼馴染みとでも言うべきか。ルナは異変を瞬時に感じ取ったらしい。そんな彼女の不安げな瞳を安心させられるよう、一生懸命笑うとさらに訝し気な表情で睨まれた。
「なんでもないって顔じゃない……」
 かぷりと肩を噛まれる。図らずも自身が明らかに大きくなってしまい焦った。
「全部、貰ってよ……」
「僕は、……」
 拗ねたように肩を噛み続けるルナにフィンは一旦言葉を止める。
 もう彼女からは十分貰ってる。喜びも安心感も幸せも、勿体ないくらい沢山。
 ただどう表すのが一番しっくりくるのか迷ってしまう。欲しくないわけではない。ありていに言って凄く彼女が欲しいのも本当だ。
「フィン動きたいように見えたんだけど……」
「なんで……」
 呟くように告げられた言葉に驚く。何故わかってしまったのだろうか。ひた隠しにしていたつもりだったのに。
「さっき……耳弄った時に……フィン動いてたし、もしかしたらそういうの気持ちいいのかなって……それに私の為に何か我慢してるんだなってことくらいはわかるわ……」
 ルナの観察力に、かなわないと知る。彼女にこれから先隠し事は出来ないかもしれない。するつもりも無いけれど。
「フィンがこれ以上我慢するようならまた耳攻撃に移ります……!」
「だ、だめ!」
 咄嗟に両方の獣耳を手で抑え、身を引いた。
 獣耳を弄られたらまた先程のように抑えられなくなって自分勝手な行動に出てしまうことは明らかだ。絶対ルナを抱き潰してしまうし、嫌われるような事を欲のままにしてしまうかもしれない。
 ところが離れようと身を引いたことで僅かに繋がっていたそこからぐちゅりと水音がして、呆気なく理性はぐらついた。つい結合部を見てしまい顔が熱くなる。直ぐに目を逸らしたが、逸らした先の視界に入った物の破壊力の大きさに圧倒されてしまう。
 ルナの滑らかな素肌と先が真っ赤に熟れた二つの膨らみ。そして自分を求める瑠璃色の瞳と上気した頬。ぐらついていた理性は限界を迎えていた。
「フィン……」
「ルナっ……」
 愛する番と交わりたい。ぐちゃぐちゃに溶け合うくらい愛し合って何度も確かめ合って、自分をしっかりと覚えて欲しい。

 フィンは伸ばされた彼女の細い腕を取って噛み付くように口付けた。