missing tragedy

cock-and-bull……¡

動き出した時 ②

 ノアの手元の灯りを頼りに、エリス達はドーム状の広場までの難路を進んでいた。
 小鳥の囀りや虫の声、草間を揺らす獣達の気配など。森の喧騒は遠のき、洞窟内はエリス達が砂利を踏みしめる音のみが響く。
「ノア、昨日は魔法を解除するまで光っていた石もあったのよね?」
 差し出されたノアの手を取り、エリスは道の大半を塞ぐ小岩の脇をすり抜ける。
「うん。洞窟内から遠ざかるにつれ光を失っていった石と、魔法が解けてから徐々に光らなくなったものと。色との関連性は感じられたけれども、大きさとの関係はわからなかった」
「外に出て光らなくなった順に黄、橙、赤。魔法解除から光らなくなった順が緑、紫、黒、青、白……。一晩経つとどの魔鉱石の光も消えて、くすんだ黒や暗い紫色になってしまったんだっけ?」
「そう、どの石もね。発光について言えば、洞窟内の一つの条件や要素が持続に必要なのか、それとも複数の要素の組み合わせが持続時間を決めるのか。どちらかなのかはまだちょっと……」

 考え込むノアに、エリスも限りなく少ない知恵を絞りだそうと努める。
「あとノア、確か前は石が光るのって日が暮れてから、夜だけじゃなかった?」
「うん……僕もそう記憶してる。それに前は光がもう少し淡かったような……」
 少なくとも今は午後三時頃には魔鉱石が光り始めている。光り始める条件が時と共に微細に変化しているという事であろうか。

「光らなくなった石は研究所の方へ?」
「ああ。来週の始めには大方の成分がわかると思う。効貴石についても情報が入り次第、伝えて貰うよう頼んである」
「そっか……。なら私達が今出来るのは環境の記録とか? 洞窟内と外との違いとなると温度と湿度、その差と、あと光量……」
「うん。それと魔力の量と種類も。ほら、僕が魔法を発動した時にたまに光が見えると思うんだけれど……」
 灯りの反対側、ノアの手元が仄かに明るくなったかと思うと、空気を伝うように細かな光が走った。光は彼の瞳と同じ深い青。

「この色は人によって、魔力の種類によって違うんだ。例えば僕は発生させた部分に近い所が濃紺で、遠ざかって分散していくと空のような薄い青になる」
「じゃあ、あの石も魔力の色とか……?」
 エリスの問いにノアは曖昧に首を傾げ、眉を下げる。
「魔力そのものに色は無いんだ」
「あっ、そうか。じゃあ……えっと?」
 早とちりし話を遮った挙句、比較的基本的な事を間違えるなんて。顔から火が出る程恥ずかしい。

 エリスの様子を知ってか知らずか、ノアはくすりと笑い魔法を使っていた手を下ろすと、そっとエリスの手を握った。
「そもそも魔法って化学反応に似ているんだ。魔力、術者の性格や状態、そして発動のきっかけ……呪文や動作……がそれぞれ何タイプもあって。それぞれの組み合わせで反応が起こる。さっきの青い光も同じ。発動しようと思った魔法に付随して起こった反応の一つなんだ」
「反応……。じゃあ、もしかして私にわかるように、あえて目に見えるような魔法を使ってくれてた?」
 戸惑うエリスにノアは苦笑の混じった照れ笑い。頬を僅かに朱に染め咳払いする。

「買い被り過ぎだよ。下手だから光っちゃうだけ。話は元に戻るけれど、例の”効貴石”は”神の力を宿す天然魔石”とも言われている。宝石のように美しく、神々に選ばれし莫大なエネルギーを持つ石との噂だ。それから記憶を失った人達の話では『消える』『光を宿していた』なんて断片的な話も聞く」
「魔鉱石と似てるわ……」
 ノアは肯く。
「僕も真っ先に思い出したよ。そこで仮に”魔鉱石”と”効貴石”が同じような働きを持つものだとしたら。”魔鉱石”は魔石であり、周辺の魔力が光の持続時間や石の特徴に大きく関わっている可能性も有り得る話かなって」
「あっ……隣は魔術大国だし、うちとは違って気候の地域差が大きいのよね」

 管理に微細な魔力の調整が必要だとしても、隣国ならば可能だろう。むしろ温度や湿度の調節よりも楽なはずだ。
 また魔力を宿す自然物は多くが生物や植物であり、魔術師の造る魔石を除いて無機物には魔力が非常に留まりにくいという特徴がある。その為、還元率やコストの問題から資源としてよりもペットや蒐集品としての人気の方が高い傾向にあるのだ。
 証言や出回っていた層が富裕層である事からも、最初から『新しく珍しい資源であり蒐集品の魔石』と判断しての購入であったとしたら、話の辻褄は合う気がした。

「”魔鉱石”は本当に魔法の石だった……」
「……多分。光は石に含まれている成分か微生物か何かが魔力と反応を起こしていたからじゃないかな。時刻による変化は活動時間の差かもしれない。光を失い色が変化したのは環境が変わり魔力が石から放出されたか、保持できずに消えてしまい反応が起こらなくなった」

「すごい……」

 視界の端で光が弾け、感嘆の声がエリスから漏れる。ノアの唇からも同様のため息が漏れ。無数の煌めきが二人を迎えた。
「仮定の話にはなるけれどね。でももし本当に洞窟内のなんらかの種類の魔力によって、自身で魔力を生み出し、保持できると石なのだとしたら。それは……」
 続きは無数の瞬きを灯した薄闇と、浮かび上がるようにその存在を知らしめる神秘的な三つの石に吸い込まれていく。
 ”魔鉱石”と”効貴石”が同じもので、ノアの仮定通りの石ならば。それはまず間違いなく世界を揺るがす資源となるだろう。

 エリスはノアの手を取る。心なしか、頼もしい手が薄闇を彷徨っているような気がしたことは伏せて。
「調べよう。ノア。今は一つ、一つ」
 責任は思っていたよりもずっと重大かもしれない。
 力強く肯く彼に、エリスも微笑み応える。決意はより固く、意識は明瞭になっていった。


 置き型ランプの灯りの下で、エリスとノアは観察し、記録を重ね。それとは別に調べられるであろう事を出しては検証し推察をまとめていった。

 まず石の色について。昨日は便宜的に赤や青等と分類していったが、自然物である以上当然、同じ色に分類した魔鉱石にも個体差がみられる。
 一方で同じ石の中での色合いの差は光の強弱のみであり、一般的な鉱石のように部分部分色や手触りが異なる訳では無い。磨き上げられた石のように光沢があり、色の彩度等も部分差が無いのだ。
 これらの事は石内部の各成分の成分的な違いは小さく、何かしらの影響で多くは均一化されやすい性質を持っている事を示しているのではないかとエリスは記した。

 また同じ石では光の強弱だけが部分的に異なる点にも着眼し、発光に関わるであろうそれは非情に小さく、不均一に分散して石の中に存在している可能性があるとの考えも付け足しておく。
 なお魔鉱石が魔石だと仮定した上で、魔鉱石同士が引き合って融合や分離、消失する特徴は石自体が魔力等の影響を受けやすい性質である事に起因するのであろうとの見解も一致したが、融合と分離を分けるものについては意見が分かれた。
 内部の成分が近しいと融合し、相反する特徴を持つ成分同士を含むと反発し合い分離する。との考えのエリスに対し、ノアは色による石の成分の違いは小さく、分離については接触時の反応で新たな性質が追加されたとの考えを捨て去るべきでは無いとの慎重な見方を推す。

 記録には両者の見解を記した上で、二人は次の観察と検証へと移ることにした。
 次に取り組んだのはそれぞれの石の周りにノアの魔力を集約させ、光の強弱の差を見る事だ。
 こちらはどの色も大きな変化は見られず。赤、黄、橙に至っては全く感じられなかった。
 多少がっかりしたエリスだったが、ノアは特に落胆する様子でもなく。データや観察結果の集積こそが最重要であり、鉱物や微生物の量で発光量が決まり、魔力量は一定数あればこと足りるという仮説にも繋がるだろうと励ましてくれた。

 結果的には観察記録以外の考察などについては、研究所からの成分結果によって仮説の可能性や信憑性、新たな見通しがある程度みえてくるとの結論に至ったのだった。
 

「はぁ……私達が出来る事って少ないなぁ……」
 ため息をつくエリスに、ノアは大きく頭を振る。
「そんな事ないよ。僕達が調べた事と研究所で調べた事、他にも沢山の人が様々な手法で集めたものがあってこその研究だよ」
 ゆっくりと諭すような言葉に少しだけ救われた気がした。

 安堵は忘れかけていた疲労を呼び、エリスはノアに休憩を望む。彼もまた「実は僕も疲れていたんだ」と笑うと、二人は中央の三つの石を机と椅子代わりにして向かい合った。

「……ノアは凄いなぁ。王都でも沢山勉強してたんでしょう?」
「ああ……ええと、それがそんなに……エリスに誇れるほど沢山はしてないんだ。それにもっと剣の方を鍛えても良かったなとは……」
 そう言ってノアは数秒視線を彷徨わせ、最後に自身の腕を見下ろす。
 幼い頃から近くに居たからこそ、彼の『そんなに』がエリスから見て『かなり』に値する事も、その反応が決して謙遜ではなく、慌てた末の零れ出た本心なのだともわかる。
 気まずげな様子にエリスは大きく息を吸い、勇気を出した。

「私はノアを誇りに思ってるわ」
「っ……⁉」
 言葉にすると思った以上に恥ずかしい。息を飲まれると尚のこと気恥ずかしい。が、その言葉だけでは全く足りない気もして。エリスは息を飲むノアに続けて伝える。
「本を読んでいるノアが好き。剣を振るノアも良いと思う。上手く言えないけれど、その、私は……ノアのこと……」
 普段はエリスを良い意味でも悪い意味でも縛り、戒め、律する見栄や常識や理性が疲労により剥がれ落ちていた。唇から零れ出る本音は着地点を早々に見失い、霞となって闇に溶ける。

「だから、その、」
 熟れた林檎のように真っ赤になる顔を誤魔化したい。どうにか期待と感動にさざめく青の瞳から意識を逸らそうと、エリスは必死に洞窟内を見回した。何か新しい話題を、と思ったのだ。

「あれ……?」
 その時。不意に視界の端、広場へと出る入口からみて左前方が揺らめいた気がした。
 何度も訪れ、昨日も二人で確認したはずだ。三方が壁に囲まれたこの広場が洞窟の一番奥であると。

「エリス、行ってみよう」
 ノアが立ち上がり、ランプを片手にエリスへと手を差し伸べた。
 返事の代わりにエリスも立ち上がり、手を取る。
 揺らめいて見えた壁は、また元の通りこの神秘的な夜空の一角を担っている。しかし何故か先程感じた違和感はより一層強まるばかりだった。

「ここだったね……」
 ノアの問いかけにエリスは頷く。
 そこはやはり周りとなんの大差もない壁であった。他の三方と同じく凹凸が少ない平らな壁だ。灰褐色や乳白色の岩石に食い込むように、色とりどりの魔鉱石が散りばめられている。
「さっきは丁度この辺りだけ、光が歪んで見えたわ」
「僕も。それにほんの一瞬だけれど、魔力の捻れのような……っ」
 言い終わる前に、目の前の壁がぐにゃりと歪み。それぞれ壁に手をついていた為に、ノアとエリスは同時にバランスを崩した。

「エリスっ」
「ノア」
 歪んだ壁のあちこちで小さな火花が散り、眩い光が辺りを埋め尽くす。橙、紫、緑、白、青、黒……まるで魔鉱石が一斉に触れ合い、反応し始めたように。
 前のめりになるエリスをノアが抱き留め。
「これって……?」

 一瞬後。眩い光の連鎖が静まった頃には、今さっきまで確かな存在を放っていた壁は跡形もなく消え去っていた。