missing tragedy

cock-and-bull……¡

君を想えばこそ ③

「ノア、今頃楽しんでるかな……」
 夜になり冷え込んできた室内で、ふとエリスはページをめくる手を止め呟いた。
 仲の良いシンハと信頼する元上司との再会。ノアには楽しんで欲しいと思う反面、まだ帰らないのだろうかと少しだけ待ち遠しく思う自分もいる。
 食事も次回調査の準備も終わらせ、それでも時刻は午後八時半。ノアが屋敷へと帰ってくる気配はまだない。
(だめだめ、今は大事な時。私は私の出来ることを進めないと)
 邪念を振り払い、エリスは本へと意識を戻しペンをとった。

 今エリスが読んでいるのは先日ノアから手渡されたものだ。『魔法と契約』――――主に神獣や天使、悪魔や精霊との契約の概要やその方法、事例などが載っている。

 ナールからの話を聞いた時、その方面に明るくないエリスは彼の言っている事の全ては理解出来なかった。
 そもそも途中からノアは会話が出来ない状態であった。
 話を早く進める為という外面的な理由意外にも、何かノアにその時に発言されては都合が悪い事情――――例えばナールの微細な嘘を訂正され、曖昧な文言の意図を明確にされては困る等々――――があったと考えれば、あの時ナールの言ったこと全てが真実とは限らなくなる。

 だからまずは出来うる限りノアに以前の契約内容を確認し、書物等で魔法を介した契約について学んでおくべきだとエリスは考えた。
 早速ノアに尋ねてみると、彼はいきなりエリスを抱き締め、すぐにこの本と用意してあったであろうメモを手渡してくれた。「契約の決まりについては僕が説明するよりも早いし詳しいと思う。勿論書斎は僕達のなんだから、自由に使って」と寂しそうに笑って。
 
 エリスは二つに折られた薄茶の紙を開く。
 ノアから手渡されたメモだ。

【ブラッドとの当初契約
 ●王位継承者と能力継承者の選定権……継承者の死によって次の選定が行われる。各個別々の継承可。
 ○両継承者各々の能力の使用・新たな契約の提起。
 ノア・マリーツ・エリオット・ルイス・ファン・デル・ライとの契約
 ●契約者の願いが叶った場合は、以前の契約の際に生じた証(枷)を二つ解除する。契約完了時、能力の使用の一部権利が戻る。
 ○両親の死の真相究明に関してのみ、一日の能力使用回数の限度の撤廃と使用可能能力の権限範囲を拡大する。
 契約が破られた場合は双方にペナルティが科される。
 また契約はナールの魔力を元とした魔法による期限付き契約であり、効力の証を互いに創り、一定期間持たねばらない。二者間の期限付契約の詳細は本に。
 あまり役に立てずすまない。書斎は自由に使って欲しい。 ノア】
 
 小さく書き添えられた最後のメッセージからも、ノアはこれ以上エリスに詳細を伝えられないように思える。
(でもこのメモと本を頼りに調べれば、ある程度わかる事もあるんじゃないかな? ノアがただ確認する為だけにメモを用意してたとは思えない。)

「よし……!」
 エリスはメモを畳むと手渡された本、ぎっちりと詰まった文字の羅列へと視線を戻した。

「えっと……『契約は双方又は主契約者がその内容をどちらかの言語を使用し示し合い、互いに認めあった場合にのみ締結、有効とされる。この認め合う場合とは以下の三つを指す。また契約内容については見解が別れており、先の287頁に記した内容が含まれていない場合はこの限りでないと提唱するのは叙事詩『リオンの竪琴』を正式なる禁書と扱う……』」

 頭に入れる為にも呟きながら読み、時折時計を見ては五分しか経っていない事に苦笑しつつ、エリスは重要事項を書き写していく。
(帰りはまだまだ、よね。私、まるでお母さんの帰りを待ちきれない子供みたい。でも子供……かぁ。ノアともいつか……わ、私ったら気が早くない? でもノアもちょっとそんなこと言っていたような……。ずっと一緒に居たいな。ノアの傍に居たい。……その為にも今は最低限の知識くらいは入れておかないと!)

 何度か時刻を確認し、小一時間ほど経った頃。
 ふと、エリスはノアから貰ったペンダントを胸元から取り出した。彼の事を想っていたから為だろうか、それとも部屋が冷えてきた為だろうか。青く澄んだ石が普段よりも熱を持っているように感じたのだ。
(気のせいかな……?)

「そんなに大事にしてくれると、あげた甲斐があるね」
 突然の声にエリスは反射的とも言うべき速さで振り向き、立ち上がる。
「っノ、ノア?! おかえりなさい!」
「ただいま」

 待ち遠しく思うあまり、かなりぼんやりしていたのかもしれない。ノアの帰宅にエリスは全く気付かなかった。
 一方、ノアは鼻歌が聞こえてきそうな程に上機嫌だ。唖然とするエリスの手を取り、流れるような仕草で腰に手を回す。

「僕の可愛いエリス。何をしてたの?」
「ええと……必要な資料を読んだり、あと次回の調査に向けて私なりに魔鉱石の考察とか」
「へぇ。随分熱心だね」
「そうだ、この間の調査で気になったことがあって、動植物についてなのだけれど……」
「ああ。それはまた今度ね」
 それだけ答えるとノアはにこりと微笑む。意外な反応にエリスは瞳を瞬かせた。
(酔ってるのかな……? たしかノアはお酒に弱かったし……)

「ふふ。ねぇ? エリス。毎晩我慢ばかり。そろそろ僕も限界だ。今夜はベッドで君の淫らな姿が見たいよ」
「えっ……⁈ み、みっ……⁈」
「ああ。今晩くらい良いだろう? またいやらしい声で喘いで、俺の好きにして欲しいって腰振ってねだってくれよ」

 直接的な言葉の連続にエリスは口を開け閉めし言葉を見失う。ときめきや羞恥心などはとうに通り越し、これは本当に己の知るノアなのかとの混乱にまで至りそうだ。素面で無いとしか考えられない様だった。
(お酒は人を変えるって言うけれど、一体どうしたの⁈ 今後、お酒だけは気を付けないと……)

「ねぇ? 何考えてるの?」
 端正で非の打ち所のない顔が更に近付く。苛立ったような声音とは裏腹に、青い瞳は細まり唇は弧を描いている。
「エリスは俺の事だけ考えてれば良いんだ。朝も昼も夜も」
「ノア……?」

 それはほんの少しの奇妙な感覚。ざらりとした異質なそれはエリスの中を撫で、摩り、挑発するかの如くその場で燻り続ける。懐かしさとも、恐怖とも、切なさとも異なるが、エリスはそれを知っている。ただそれだけはハッキリとわかる気がした。

 己の感覚を正しく認知する間もなく、エリスは顎を上向かせられる。
 胸が焼けるように熱く、目の前の青の瞳は背筋が凍るほど冷たい。
 揺らめく瞳に初めて恐怖を感じた時に、目の前の青年は動きを止めた。
「なにやってるの?」

 否。冷たい声が動きを止め、引き剥がすように青年の肩を引く。
 驚くエリスは声の主の姿を見て、更に目を見開いた。
「ノア……!」

 正確に言えばノア……とエリスが認識するような容姿の人間が目の前に二人いる。

 短く淡い金の髪に理知的な深い青色の瞳、高い鼻梁に透き通るような白い肌。長い手足や細身の体躯、生成りのシャツ等の服や声まで瓜二つの人間が二人。
 異なる点と言えば一つだけ。その左耳に光るピアスの有無くらいだ。
 一人は今までエリスと会話していた人物だ。両耳には何もつけておらず。肩にかかった手を払い除け、薄い笑みを浮かべている。
 そしてもう一人は先程の声の主。走ってきたのか肩を上下させ、エリスと冷笑する彼との間に立ち背を向けている為今は表情が見えない。左耳のピアスの色は今見えないが、留め金具は確かにエリスがプレゼントした宝飾店特有の飾りが付いている。

「君がふざけるのも良いよ。楽しむのだって構わない。でも、戯れでエリスに触れるのはやめてくれないか」
「なんでだい?」
 後ろ背のノアが固い声音で伝えると、もう一人のノアは首を傾げて笑みを深める。
「大切なものだから触れて欲しくない」
「俺が悪魔だからか?」
 自嘲する青年の正体に。そして既視感の正体にエリスは気付いた。ナールだ。容姿も口調も、彼に対して抱く感情や感覚も異なるが、自嘲する青年はあの悪魔とひどく似ている。

「違う。他の男や、女でも、人間で無くても……っ、そういう意図を持って触れられるのは困る」
 咳払いを交え、言葉を濁しながらもノアは薄ら笑いを続ける青年に告げた。姿形に差はなくとも、例え一方の表情は見えずとも、今やどちらが本物のノアなのかは明白だった。
「この姿だし、嬢ちゃんの方は悪い気がしねぇんじゃねーの? なあ?」
「っ……僕が嫌なんだ」
 突然振られ、まごつくエリスの代わりにノアが言葉を返す。

「嫉妬深い男と金と力の使い方を知らねぇ男と女の気持ちに鈍感な男はモテないぜ? ったく、ひでぇなぁ。折角の新婚なのにあーだこーだ自分の事ばかりで嬢ちゃんに寂しい思いをさせてるお前のフォローに入ろうとしただけなのに、なあ?」
「え……っ?」
 振り向くノアにエリスも同じ驚愕と困惑の表情を返す。お互い見つめ合ってから、エリスは自称悪魔の指し示すものに思い当たった。

(寂しい思いって……そんなに顔に出てた……?)
 羞恥で頬が熱くなる。一方ノアは未だ意味を図りかねているようだ。

「エリス、もしかして……」
 エリスは戸惑うノアの視線から逃げるように悪魔へと目を向け言葉を継いだ。
「大丈夫、とっても大事な時期で忙しいのはわかってるわ! 体が大事、資本は基本だもの! 私は薬師としてもノアにはちゃんと休息、栄養、気分転換の時間を取って欲しいと本当に……!」
「ノア、嬢ちゃんすげぇ早口だな。それにシホンとかキホンとか。揃いも揃って面白えな」
「ところでっ、ナールさん、なんですよね?」
 苦し紛れの話題転換質疑に悪魔は笑みを深めて、そうだとばかりに宙に浮く。

「似てるだろ?」
「はい。……水魔法? の……有限系魔術を利用したもの、ですか?」
 数日前に読んだばかりの本の知識を頼りに、エリスはナールがどうして変化出来たのかを魔法初心者なりに考える。話を逸らす為に始めた話題だが、思えば間近で悪魔という存在に触れ、その力を体験するなど滅多に無い機会ではないだろうか。
「でも待って、触れるなら土魔法? あの、ナールさん。腕で良いので触っても良いですか?」
「っく、ははは! だってよ! ノア! 同類だな! で、触らせてくれってよ、どうする? 嬢ちゃんが望んでるぜ?」
「……僕からもお願いするよ。但し、くれぐれも変な真似はしないで」
「へいへい」

 差し出された腕は確かに温かく、肌だけでなく服の質感までも見事に再現されている。
 ひょんなことから始まった身体検査は当初は不満げな表情だったノアをも巻き込み、しばらく続いた。

 どうやらある程度長く彼に触れられるのは、力を使い実在する人物に変化した時のみ。また視認や会話も元の姿では限られた人間しか出来ないらしい。一方、ノアとの会話から悪魔の能力は現在使われている魔法とはやや異なる種類であり、人間を装う能力以外の多くの能力の使用権はノアが持っている事も察せられた。
 エリスは元の姿に戻ったナールと気安い会話を続けるノアを見つめる。

(もしかしたら何百年もこの国が平和で他国からの侵入が少ないのも、代々受け継いだ人が悪魔の能力を使って、守ってくれてたのかもしれないわ。そう考えるとナールさんって悪魔は悪魔だけれど守護神みたいな立ち位置だし、当初の契約の効力から半ば強制的に力を借りてしまってるのよね……)
 ナールとの取引内容は過激で隙を突くなどの狡い部分もあるが、悪魔という種族や事の経緯を加味すれば致し方ない気もする。
 面白い事が大好きで、好物は人間の食べる甘い菓子。意思疎通も可能だが本来の姿では実態を持てず、恐らく人間という種族に深い興味を持っている悪魔。

(ノアと案外仲が良いのもわかる気がするわ。それから、ノアが彼の枷を外して減らしたのも……)
 ふと浮かんだものに首を振る。ノアの内心まで知ったように感じるのは失礼だ。

「……なぁ? 嬢ちゃんも騙される程の出来だっただろ?」
「えっ、あぁ、はい」
 曖昧な返事にナールは満足げに笑う。無邪気な様は見た目よりもずっと幼く見えた。
「ほらほら、すげぇ褒めてくれてる! お前ももっと褒めろよ!」
「うんうん。凄いよ。君の能力は認める。でもさっきみたいな事はもうやめてよ」
「いいじゃねぇか。どうせ嬢ちゃん絡みじゃ失敗するんだしよ。まぁ、お前の焦った顔と嬢ちゃんの慌てた顔に飽きたら、やめてやるよ」
「ナール!」
「面白かったな! ノア!」

 悪魔は満面の笑みで両手を広げ、その場でくるりと回る。ノアは呆れの混じる笑みを零し、エリスは口元を隠して必死に笑いを堪えた。薄寒く静まり返っていたはずの室内は心做しか温かい。
(このままずっと……続くかどうかはノアとの二度目の契約の結果次第。二人仲良いだけにあまり実感がわかないけれど……。ノアの様子から目星や算段はついてるはず。協力を求められたらすぐに動けるように準備しなきゃ。契約が無事完了して、ナールさんにも認めてもらったら……いつか、ノアに聞けるかな。どうして彼の望みを叶えたいと思ったのか……)

 もしエリスの予想する答えが返ってきたならば、きっとエリスはもっともっとノアを好きになるだろう。
 今のノアはエリスの知る彼が成長した姿である。そんな願望が交じった予想かもしれないが、それでも容易にノアが期待する言葉を返す姿が目に浮かんだ。

「ところで、嬢ちゃん。折角だからアレ、出さねぇの?」
「あれ?」
「すげぇ色のさ……」
「ああ! ノア、ちょっと待ってて」
 ニヤニヤ顔の悪魔の言わんとする事を理解し、エリスは隣室へと向かった。机の上に準備しておいたグラスを取り、急ぎ足で元の部屋へと戻る。
 グラスを満たすのはとろりとした濃い緑色の液体。勤務後に残って作った特製煎じ薬である。

「ノア、これ良かったら」
「……僕に?」
「すげーだろ? この色と匂い。不味そうだろ!」
 楽しそうに笑う悪魔の言う通り。粘性の濃い緑の液体からは冷めても尚、一般的には嫌煙される薬湯特有の香りが漂う。
 どうやらナールは不味い薬湯をノアに飲ませ、その反応を楽しみたいが為に話題に出したらしい。
「うん、その……ノアも知ってると思うけど味は保証できないわ。でも安全性と効果は保証する。なんなら先に私が毒味しようか?」
「嬢ちゃんやめときな。ここはコイツが美味しく……」
「毒味なんて! ありがとう。エリス!」
 瓶を持つエリスの手を己の手で包み、ノアは笑みを零す。
 もしノアの好みが以前と変わっていたら。そんな不安は杞憂だったようだ。ほっと胸をなで下ろすエリスに、心底嬉しそうに香りから成分を当てようとするノア。
 狐につままれたような表情を浮かべるナールを見かね、エリスは苦笑し声をかけた。

「ナールさんも慣れれば良い香りだと感じるかも?」
「嘘だろ……」
「嘘じゃないよ、ナール。飲み慣れれば味わい深いものだと気付くと思う。それにこれは成分的には栄養補強剤みたいなものだから、普通の薬湯より美味しいんだ」

 ノアの嘘偽りのない笑みにナールは頬を引きつらせ、「嘘だろ」と同じ言葉を繰り返す。余程衝撃的だったらしい。構わず薬湯を飲み干すノアに、悪魔は更に後ずさる。
「嬢ちゃん、ちょっと……」
 手招きされるがままエリスが近付くと、ナールは小声で耳打ちしてきた。
「ノアって味音痴なのか?」
「そんな事は無いと思うけれど……。そう言われると、ちょっとだけ変わってるかもしれない……ですね?」
 ノアの沽券に関わる発言にならぬよう、言葉を選ぶエリスにナールは納得したのかしなかったのか。返事を聞く前にエリスとナールの間をノアがさりげなく割って入った。
「言った傍から君は……!」
「悪いな。ま、気にすんなよ。じゃあな! おやすみさい」
 脱兎の如く、悪魔は宙へ逃げ消えてしまう。
「おやすみなさい」
 エリスとノアはそれぞれにナールの居た空間に声を掛け、お互い視線を交わした。

「エリス、改めて。ありがとう」
「どういたしまして。これでノアの疲れが少しでも取れると良いんだけど」
「ええと……僕、そんなに疲れたような顔してた? その、悪い意味ではないんだ。心配をかけていたなら悪かったなと、」
 慌てるノアに続き、エリスもどう説明して良いか戸惑う。まさか夜の触れ合いが想像したよりもずっと少なく、交わりが無いから等とは言えない。
「ううん大丈夫! ノアの寝付きが物凄く良いから、疲れてるんだなって思っただけよ!」
「寝付き……」
「ほら、役職的に色々と、言えない仕事もあって忙しいのだろうなとか。疲れてると病気になりやすいでしょう? だから少しでも役に立てればと思って……」
「……」

 言えば言う程、言い訳がましく聞こえる気がして。内心を隠すようにエリスは俯く。頭上のノアからは何か言葉を紡ごうとしては止め、躊躇うような吐息の気配のみ。
(本当にノアの疲れが取れればって用意したんだけれど……よく考えるとなんだか、そういうことをしたいから元気になって欲しいみたい……ううん、全然そんな気持ちがないかと言われると自信がないような……⁉)

 沈黙が羞恥と後ろめたさに拍車をかける。耳が熱くなり、次第にエリスの視界の端は滲み始めた。
「エリス、」
「は、はい!」
 教師の呼びかけに背筋を伸ばす生徒のように。ぱっと顔を上げたエリスの目に困ったように眉を下げ、はにかむノアが映った。
「エリスに謝らないといけない事があるんだ」
「え……?」
 意外な言葉に呆けるエリスにノアは続ける。
「この屋敷に来た日の夜、久しぶりだったのに何度もエリスを抱いて……僕はもっと紳士的に、優しくしようって勝手に反省したつもりでいた。毎晩、見栄張って寝たふりしてたんだ」
「えっ? 寝たふり?」
「うん。本当にごめん。エリスの意見も聞かずに我慢して……実際は余裕ある大人の男ぶりたかっただけで、僕の自己満足だったと思う」

 ノアは耳を僅かに赤くさせ、唇を噛む。突然の告白にエリスは驚きつつも、どこかで全く信じられないとまでの意外性は感じていなかった。
 多忙から疲れ切って寝落ちてしまう病弱な彼も想像に難くないが、あの朝のやり取りからも彼の性格からも、エリスに無理強いをさせたと己を責め、連日寝たふりをしていたという話も同じくらいあり得そうに思う。

(そうだったんだ……良かった……)
「まさかエリスに心配をかけてしまうなんて、ごめん」
「ううん! 全然良いの! そういう事を改めては聞きにくかったと思うし、今日も言いにくかったよね。むしろ私の方からちゃんと夜の事とか伝えて、ノアの体調についても聞けば良かった。ごめんねノア。薬湯も苦かったでしょう?」
 はっきりと首を振り、ノアは熱っぽい青の瞳をエリスに向けた。

「嬉しかった」
 溢れんばかりの笑みと共に、存外逞しい腕がエリスを包む。
「ただ僕の思い違いでなければ……寂しい思いもさせてしまった?」
 そっと唇を撫でられ、エリスの心臓が跳ねた。じわりと頬に熱が集まり、次第に全身へと広がっていく。
「え、う……あ、でも、でもね。それは単なる私の勝手で邪な下心だからね、ノア。気にせずに、むしろいっそ忘れて欲しい……」
「それは嫌だな」
 嬌笑を湛えた唇が近付き、思わず目を瞑れば。力強く抱き締められ、熱い頬に柔らかな感触が触れた。

「お詫び……と、僕がエリスに触れたい……良い?」
 切なげな声音に胸がきゅぅっと苦しくなる。己の失態と浅はかな欲を忘れて欲しいと伝えながらも、彼がそれを嫌悪するどころか受け入れ、同じように望んでくれたことが嬉しくて堪らない。

(私も本当は……もっと、ノアに触れたかった……)
 了承の頷きを示し抱き締め返すと、喜悦を含んだ微かな吐息が首筋を撫でる。
 くすぐったさに身を捩ったエリスの体が、ノアの手によってふわりと宙に浮いた。