missing tragedy

その声、違反行為です

▽その表情にも注意です ①

「よし、片づけ始めるか!」
 優乃は腕まくりをして誠司の部屋を睨みつけた。
 ごみ袋、ゴム手袋に掃除機、雑巾、除菌シート。諸々の装備をして優乃は部屋の掃除に取り掛かる。
 まずは明らかにゴミだと思われるものと洋服、そうでないものを分類していく。その後でそれらをどんどん仕訳けていくのだ。
 片付けが終わったら掃除。勿論あまりにも汚いところは片づけをしながら掃除していくがある程度まとめてやった方が優乃の片付けタイプには合っているようだ。
 途中、アダルトDVDやそれ系の雑誌が出てきたらどう反応しようかと困っていたが、そこはマメにどこかにまとめて隠しているのか、遭遇することがなかった。因みに虫の類にも出会わなかったのは幸運といっていいと思う。
「ふぅ。こんなもんかな、今日は」
 二時間後、午後十時も廻ったころようやくリビングルームと台所はその床を見せるようになった。台所は当初片づける予定ではなかったが、あまりの使い勝手の悪さに業を煮やした優乃がついでに片づけたのだ。
 綺麗、とまではいかないが先程よりはずっといい。散乱していたごみはもう見当たらないし、洋服も汚いものは洗濯場へ、綺麗なものは片づけた。掃除も簡単にはしたから、だいぶ綺麗には見えるだろう。
「た、助かった……ありがとうございます!!」
 感謝の言葉を述べる誠司は瞳を潤ませている。大したことはしていないものの、やはり優乃としても感謝されるのに悪い気はしない。照れくさいけれども、素直に嬉しい。
「助かったって、大げさだよ。じゃあ私は手も洗ったしそろそろお暇するね」
「あ、あのさ……」
 不意に、カバンを持った手とは反対の手を掴まれて、優乃は振り返った。優乃よりもやや背の高い誠司を見上げる。彼の頬は夕焼け色だ。
「もうちょっと、いないか?」
「えっ?」
 誠司の提案に優乃までつられて赤くなってしまう。もうすぐ午後十時半だ。恋人でもない男女が二人、密室で居続けていい時間ではない。
 それでも、断り切れない自分がいて、優乃は戸惑ってしまう。
「あの、でも」
「も、勿論嫌ならいいんだけど、お礼にお茶も入れてあげたいし、もう少し優乃といたい……」
 消え入るような声で懇願されては断るなんてできない。不安そうに揺れる瞳と、繋がれている手から伝わる震えからも、誠司が勇気を振り絞って言ってくれていることは明らかなような気がして。つい優乃は勘違いしてしまいそうになる。
「ちょっと、だけなら」
「良かった!今お茶入れるよ!」
 無邪気に相合を崩す彼には下心などない……とは言いきれないが、それでも素直に一緒にいたいと言ってくれているのだということは、何となく伝わってくる。
 何だか優乃はそれがとても気恥ずかしくて、思わず俯いた。こうして恋愛感情ではないが、真っ直ぐな想いをぶつけられるのは擽ったい。しかしまたそれも心地よいと思ってしまうほどには彼に対して好意を抱いているのだと今更気づき驚く。
(そっか、私誠司君のこと結構好きなんだな……少なくとも友達にはなりたいと思ってる……かもしれない)
「座って。片付けで疲れただろ?」
 台所へ行くために背を向ける彼の後ろ姿を見た途端、ぎゅっと胸を掴まれたような感覚に陥った。苦しいのに心地よいそれは、感じたことのない痛みだ。
(な、なんか……私おかしい??)
 思えばこんな夜遅くに男性の部屋にいるということ自体、今までにない経験だ。そう考えたら急に緊張してきた。
 片づけに夢中になっていて気が回らなかったが、思えば優乃の格好はかなりラフなものだ。化粧もだいぶ落ちてしまっているし、髪だってぼさぼさだ。
 そしてこういう時はどのようにして男性を待てばいいのかわからない。スマホはいじっていいのだろうか。いや、ここは失礼に値するかもしれない。しかし手持ち無沙汰なのは事実だ。
「どうしたんだ、優乃?」
 ぐるぐると考えていた優乃を心配してか、覗き込むように誠司の顔が近づく。耳元に彼の吐息がかかったような気がして優乃は飛び上がった。
「ひゃあああうう!!」
「本当に大丈夫か? 優乃」
「だだだだ、大丈夫だから!!」
 訝し気に覗き込んでくる誠司を誤魔化すために、慌てて優乃は手を振る。しかしその手を誠司に取られ、優乃は肩をびくりと揺らした。触れられたところが熱い。心臓もバクバクいう。自分は、病気にでもなってしまったのだろうか。
「ごめん、無理させたか? 優乃もしかして熱ある?」
 彼の大きな手がおでこに触れて、益々顔が熱くなる。
(どうしたのよ、私?! そ、そっかこれは男性に免疫がない故のアレルギーみたいなものかな?! きっとそうだよね?!)
「大丈夫だから! それよりほら、ゲームでもやらない?!」
「お、おう? それはいいけど、時間とか体調とか諸々大丈夫か?」
 そう言うと、誠司は優乃の隣に腰を下ろした。その感覚は狭く、肩が触れる。
 以前から感じていたが、誠司は他人とのパーソナルスペースの間隔がおかしい気がするのは優乃だけだろうか。どうにも近い気がするのだが。
「諸々?! だ、大丈夫だよ? それより、ゲームやろう? ゲーム!」
「おう! 実はな、優乃に是非見てもらいたいものがあって……」
 ごそごそと近くにあったカバンを探り出す誠司に、今何を出されても集中して話を聞ける気がしない。彼の肩が時々触れて、その度に優乃は肩を揺らした。
(ううう、免疫少ないってこういう時に不便なんだからもう!!)
「じゃーん!! これ! ガンゲイル・フロンティアSの限定特装版!!」
「はっ?! はぁー?!」
 しかし優乃の予想も、誠司がカバンから取り出した物を見た途端、見事はずれてしまう。
 目の前に出されたのは四角い箱。但し、特別な四角い箱である。
「ちょっと、国本さん……まさかあのH宿限定ショップに当選したの?! あの倍率87倍の?! しかも特装版は初日販売限定30セットの超激レア!! ちょ、ずる、狡い……私にもやらせて!!!」
 誠司に肩を掴みがくがくと揺らす。にこにこと笑みを浮かべる誠司が憎くなるくらいには羨ましい。
 優乃は揺らすのをやめると、誠司の前に正座して座った。そしてそのまま手をそろえる。
「お願いします!! やらせて下さい!」
 ゴンっという音と共に頭を床に勢いよくつけると優乃は再び顔をあげて誠司を見つめる。そしてもう一度頭を床に擦り付けた。
 こんな好機は今までにないし、これからもないだろう。世界的に有名なガンフロS(ガンゲイル・フロンティアSの略である)の限定特装版である。プレイできるのは、宝くじに当たるよりもまれといっても過言ではない。
「ふっふっふっ……そうかしこまるでない。わかっておる、わかっておる」
「じゃ、じゃあ……!」
 期待を込めて顔をあげれば、いたずらっ子のような瞳をした誠司と目が合う。いいということなのだろう。
「あ、あああありがとうー!!!」
 思わず優乃は誠司の手を取って握りしめていた。彼の耳がみるみる真っ赤に染まって、見慣れたそれが面白くつい別の意味で笑みがこぼれてしまう。
「ゆっ、優乃、ほら、やろうか!」
 顔をそむけた彼の照れ屋ぶりを見ていると優乃の心は温かくなるし、純粋に可愛いなとも感じる。
「うん! オフラインでのモードでとりあえずやるね!」
「ああ」
 彼からディスクを受け取り、ゲーム機本体にセットすると優乃はコントローラーを握りしめた。
 この時、優乃の頭に時間の概念などがすっかり抜けていたことは事実である。