missing tragedy

「めんどくさい友人」の話。

cock-and-bull……¡ SS 3
 
 ノアが王都に旅立つ前、エリスとお付き合いを始めたばかりの頃の話です。
 同僚のシンハが出てきます。タイトルはどちら?という話です。
 ※ファンタジー世界なので十七で飲酒していますが、
 現在の日本では未成年の飲酒は禁止されてます!



 小さな村には洒落た酒場などない。王都や宿場町ならいざ知らず、単純に需要が無いに等しいからだ。
 ここミニアムも例に漏れず、あるのは大衆向けの居酒屋や食堂だけ。今ノア達がいるここも村人が気軽に行けるような雰囲気と値段設定、素材を生かした料理が自慢の店だ。
 ところが。飲食店ならば適度な味と値段、そこそこ清潔ならばそれで良いというノアに反し、対面する目の座りきった酔っ払いは納得がいかないようであった。

「ノアぁ……なんでここはこんなに田舎だよ……。仕事帰り女の子とお茶するカフェも、デート用のちょっと良いレストランも、一緒に過ごすだけでワンナイトラブからの運命的出会いが出来ちゃうような高級なバーもなんでない? 一件くらい……なぁよぉ」
「シンハ……そろそろ辞めた方が良いんじゃないかな。二日酔いが酷くなる」

 ノアはシンハに冷たい水の入ったコップを渡す。シンハはそれをひったくるように受け取ると中身を一気にあおり、椅子の背にもたれ掛かった。天井を見上げ、大きなため息を吐く。
「お前に何がわかるんだよ。顔も頭も良くて将来有望で……クソ。彼女出来たからってプカプカ浮かれやがって」
「ごめん。でもさシン……」
「じゃあ禿げろ。うらやましい、俺も、彼女欲しい。お前だけ狡い」
 涙目で呪詛のような言葉を吐き続けるシンハにノアは苦笑する。

 浮かれているのは事実だ。エリスに想いを伝え続けて、ようやく実った恋でノアは浮かれている。医師免許取得に向けた試験勉強も順調で、預貯金も大方の目標までは溜まった。
 三年後の未来を描いては、ノアの頬は緩んでしまう。
 村の小さな治療院でお揃いの指輪をしたノアとエリスが笑い合っている。もしかしたらそこには可愛い娘か息子がいるかもしれない。

「せめてオレの顔がノアだったらこんなに苦労することねーのに……」
「そうとは限らないよ」
 それは実体験によるノアの一意見ではある。しかし、あながち間違ってないと思うのだ。事に恋愛に関しては好みの差もあれば、取り巻く環境や今までの関係性、相性、性格、運などの影響も大きい。
「んだよ、嘘つき。ノアなんか嫌いだ。やりたい放題のくせに。一度振られ、ふら……」
「ほらシンハ。飲みすぎだってば。水飲んだら今日はそろそろ帰ろう?」
 ノアはゆらゆらと左右に揺れるシンハを支え、改めてコップを掴んだ。
 これ以上酔っては店にも迷惑になるだろう。おぶって帰るにも、まだ酔いがまわりきっていない早いうちの方が良い。

「ほら、シン……っ!」
 シンハに水を飲ませようと彼を覗き込んだのが運の尽きだった。ニヤリと嗤う悪い顔が見えて、強い酒の香りがする。
「へへ」
 そのままシンハに背中を軽く叩かれ、ノアは勢い余って机に額をぶつけた。

「ちょ、なにすんだ……」
「さんきゅーな」
 ぐらぐらする視界の中で、シンハは屈託のない笑みをノアに向ける。その笑顔と言葉に、文句を言おうとしていた口は毒気を抜かれてしまった。
「……僕もシンハにはいつも感謝してる」
「知ってる。俺もノアのこと、好きだぜ。頼もしーし」
「な、に言って……っ」
 更に照れくさい言葉を返され、ノアは真っ赤になった。エリスに告げる『好き』とも、告げられる『好き』とも違う、友人としてのその言葉が。信頼の証がこんなにも照れくさいものだとは思っていなかった。
「悪い悪い、エリスに妬かれたりして。ハハハ」
「それはない」
「いやいや、俺とノアの仲だもん。妬かれなくとも疑われるかもよ?」
 赤い顔でニヤニヤと笑う友人をノアは睨み、ぐっと喉を詰まらせる。嫉妬はともかく、疑惑については完全なる否定は出来ない。ただえさえノアは女顔で華奢な部類なのだ。そういうものを嗜むと疑われることもある。
「ノア? まさか真に受けた?」
「受けた……少し」
 塩をまぶされた青菜のように意気消沈するノアに、さすがに彼も悪かったと思ったのだろう。上がる口角はそのままに、ノアの肩をさする。
「おうおう、素直か。ごめんな」
「シンハの冗談はたまに笑えない……。もし疑われたらきちんとエリスに話してよ……じゃないと僕は生きていけない」
「悪い、悪い。ごめんホント。でもさぁ、エリスはそんな小っさいこと気にする女じゃねーって」
「わかった風に言うのやめてくれる?」
「うわ、めんどくせぇ……でもそれがノアだもんな」
 お互い酔っている。ただそれだけではない。シンハだからこそ酒の勢いで弱音を漏らせる。シンハもまた、酒に酔ったとしてもラングロワやドニに軽口は叩かないだろう。
「なあ、あのさ。ノアがエリスの前で未だに酒飲まねーのって、色々、ばれちまうから?」
 不意にされた問に、ノアは瞳を伏せた。ノアの秘密を彼は知らない。だからその言葉は全てを見通しての言葉ではない。しかし、あながち外れてもいない。
「そうだよ。本当は情けない男だって、ひどい男だって、幻滅されるのが怖い」
 弱音も本音も嫌われるのが怖くてなかなか伝えられない。そしてそれ以上に、真実を伝えることにノアは怯えている。兄のように愛する人を、その気持ちを蔑ろにして縛ってしまう気がして。縛った自分を好いてもらえる自信が無くて。今すぐにでも結婚したいのに、求婚出来ないのはそのせいだ。
「そっか。付き合ったのにたまに浮かねー顔してんのも、それ? 俺はエリスだってお前に色々さらけ出してほしいんじゃねーかと思うけどね」
「そうかな……」
「わかんねえけど。でもさ、ノアは良い奴だよ。それは俺が保証する」
 よく通るシンハの声が、ノアの耳に届く。その言葉にぱっと顔を上げる間もなく、頭を鷲掴みにされ頭を撫でられる。
「安心しろ。こんな俺に付き合ってくれる奴、良い奴しかいねーって」
「ちょ、シンハ。やめろって」
「毎回言ってんだろ? 顔も良いし、めんどくせーけど優しいんだから自信持てって」
「わかったから、恥ずかしいって」
「悪い悪い」
 忌々しいほどに満面の笑顔に、ノアの眉もハの字になった。
「シンハ、ありがとう」
 ノアは酔っている。ただ、その言葉に偽りはない。
「いんや。俺こそいつも、さんきゅ」
 白い歯を見せにっと笑うシンハに、ノアもまた相好を崩した。


end

※ノアは歯に衣着せない、口の悪いシンハに戸惑ったこともあったとかなかったとか。
 お互い信頼し合い、踏み込みすぎることはしない。ただ心配ではある。そんな関係かなと思って書きました。一歩間違えればパワハラになるので、どんなタイプのどんな関係性の友人に対しても出来るわけじゃない。でも……というお話でした。