missing tragedy

うちの天使と腹立たしい野郎の血が……(以下略)

うちの天使と腹立たしい野郎の血が繋がっているなんて絶対に信じられないと思っていた頃の話
cock-and-bull……¡ SS 2
エリスとノアの義姉であるサラ視点、サラの母ハンナが生きていた頃のお話になります。




 貴族だからと言ってまともとは限らない。
 そして王族には、まともな人間がいない。
 それは私が十五年生きてきて、学んだことの一つだ。
「『サラの事を想うと夜も眠れない。必ず君を迎えに行く。だから待っていて欲しい』ですって? 私は夜はぐっすりだし迎えに来て欲しくもなければ、あんたの事なんて待たないから。紙とインクの無駄遣いだわ」
 そう吐き捨て目の前の高級紙を破り捨てると、母が隣りで苦笑する声が聞こえた。
 分厚いカーテンの隙間からは梟の鳴き声が聞こえる。こんなものを寄こすためにあの男は使者を走らせたのだと思うと腹が立って仕方がなかった。しかもこんな毎回毎回、雪の中、夜中に。あの男はいつか配下の者に刺されると思う。
「ふふ……。殿下からの手紙を破り捨てるなんて、世界中探してもきっと貴方くらいよ」
「仕方ないでしょう? 年に数度しか会わないし、顔も覚えてないほど幼い頃ちょっとだけ一緒だった幼馴染みなんて。他人よ。こんな気持ちの悪い手紙をよこして迷惑だわ」
「そこら辺りで辞めなさいサラ。カルロ様も貴方の心を得ようと必死なのよ。まぁ文面はお腹の空いたわんちゃんも食べなさそうですけど、このなかなか他人が真似出来ない暗号のような個性的な文字は紛れもなくカルロ様のもの。お忙しい中書いてくださったのよ。感謝しましょう」
 柔らかい声音で吐かれた言葉は決して彼を褒めてない。窘めている体を装って、言っている事は母も私も似たりよったりだと思う。
「お母様はストーカーに感謝なさるの? 私は無理。王子だろうと王だろうと気持ち悪いものは気持ち悪いわ。それに私は年上の落ち着いた男性が好きなの。お父様みたいに背が高くて硬い筋肉を持っていらっしゃる優しい方。大きく女性を包み込んでくれる方よ。彼は真逆じゃない」
あらあら。第一王子カルロ殿下と言えば今、社交界では一番の注目の的なのに。まだお若いですけれどお近づきになりたいと願う方も多くてよ。それにカルロ様だって貴方よりは背は高いじゃない」
「一センチね。計ったから間違いないわ。この間会った時に抜かれて……でもまだまだチビよ」
 前回会った時、彼は得意気に『サラ! どうだ、大きくなっただろ? サラをこの間抜いたんだ』と言ってきた。
 腹立たしいまでに嬉々とした表情にいらついたし、しばらく会ってないにも関わらず成長途中の私より大きくなったと知っていたことに背筋に冷たいものを感じた。もちろん蹴りを入れたけれど、結局あっさり受け止められてしまった。

 あの男は確かにちょっとだけ他より綺麗な顔をしているし、武術も騎士団のへなちょこよりはほんのちょっとだけ強いけれど。それだけだ。毎週ノアの様子を知りたいなんて口実をつけて手紙やら遣いの者やらを寄こしているし、口うるさく言わないと花やお菓子を送ってくる。差出人のない荷物は受け取れないと何回も言っているのに。
「でもねサラ。カルロ様は貴方より一つ年が若いだけですから。これから背もたくさん伸びると思いますよ。お母様によく似てらっしゃってとても綺麗なお顔をしてらっしゃるし、近年は昔の陛下が重なるよう。優しく穏やかな方ですし、貴方の前では少し幼くなってしまうようですけど――素敵な方よ」
 下げたと思ったらいきなりあの男の肩を持ちだす母を私は睨んだ。母は甘過ぎるのだ。いくら母の教え子でもあり、仲も良かったお后様の息子だからと言って、あの男を評価しすぎだ。
「貧弱よ。筋肉が足りないわ。私は強い男が好きなの。あんなヘラヘラキラキラした子供願い下げだわ。頻繁にこんな田舎にまで密偵送って女を監視して! 職務放棄職権乱用変態野郎は無理。鼠と結婚した方がマシよ」
 カルロの顔を思い出しただけでも腹が立つ。浮世離れするほど整った顔が、私の方を向くと途端に崩れる。締りのなくヘラヘラ笑って「会えて嬉しい」など「サラが俺の方を見てくれるなんて幸せだ」だの勘違いするような言葉を平気で吐いてくる。
 顔を見ると胸がムカムカする。どうせ何人ものご令嬢に同じようなことをしているのだと思うと馬鹿にしてるのかと腹が立ってくる。こんな田舎の元貴族の娘などつまらないだろうに、彼は節操がないのか。それとも何かあっても後腐れなさそうだと高を括られているのか。どちらにせよあの男がろくな人間でないことは確かだ。
「サラ姉、お母さん……まだ寝てなかったの?」
 後ろから眠そうな声が聞こえ、私はハッとして振り向いた。そこには件の腹立たしい優男の昔の姿にそっくりな少年――ノアがこちらを心配そうに見ていた。
 彼はカルロの実弟であり、私の大切な義弟である。訳合って宮殿には住めないのだ。
「ノア。……大丈夫よ。もう寝るから」
「そうよノア。お姉ちゃんと女同士の内緒話してるの。心配しないで」
「そう……。あんまり無理しないでね」
 その言葉は最近調子の悪い母を心配してのものなのだろう。ちらりとノアは私に目配せすると、にこりと笑った。続けて大きな欠伸を一回。どうやら私に母の事を確認するまで我慢していたらしい。
 義弟の可愛さに思わず私は身悶えする。可愛すぎる。可愛すぎる上に、齢六歳だと言うのに仕えている私たちの身を案じて言葉までかけてくれる。どこぞの配下の者を寒い中走らせる男とは大違いだ。しかも決して無理に話を聞き出そうなどとはしない。女同士の話と聞けば身を引くし、それでいてやはり母が心配なのか私に合図を送って寝てくれる。
「おやすみなさい……」
 そう言うと可愛い義弟は眠そうな目をこすって寝室へと戻ろうとした。覚束ない足取りがまた可愛い。
「お待ちください、ノア様」
 その時母が敬語でノアを呼んだ。その言葉にノアはビクリと肩を揺らす。思わず私も肩を揺らす。
 この家にいる限りは普通にノアと呼び、敬うような素振りはしないで欲しい、そうノアにお願いされているのに。母がこんな風に言うということは――。
「ノア様、そちらはエリスの部屋ですよ。ノア様のお部屋はあちらです」
 つまり家庭教師モードなのだ。母は、私や事情を知る人間だけがその場にいて、かつノアが教育を受ける時のみノアに敬語を使う。逆に言うと、それ以外は使わない。あくまで母はノアの母でもあるからだ。
「で、でも……この間まで一緒だったよ」
 手をもじもじと遊ばせ、上目遣いでノアが母を見る。許して欲しい、彼はそう言いたいのだろう。
「駄目です。それにノア様が落ち着かないからエリスと部屋をわけたのですよ」
「落ち着くよ! ただちょっとドキドキするだけだって」
「エリスに何かあったらシリカ達に……死んだエリスの両親に顔向け出来ません。それが王子であるノア様であってもです」
 ピシャリと言う母にノアは眉毛を下げ泣きそうになる。さすがに可哀想になって私はノアを援護することにした。
「お母様、ノアは寂しいのよ。それに何かって何があるの? ノアはまだ子供なのよ。エリスの事を大好きだとは思うけど、間違いなんて起きるはずないわ」
 その言葉に何故か母は大きなため息を吐く。ノアは顔を真っ赤にさせながら俯いていた。その様子に私は思わず首を傾げる。
「何がダメなのよ」
 その言葉にノアは益々俯く。耳まで赤くし、一体どうしたのだろう。
「ごめんなさい……」
 その時ノアの瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。あまりのことに私は慌ててしゃがみノアを覗き込む。
「どうしたの?! ノア?」
「僕……悪いことしました……」
「ノア?」
 驚く私の肩を母が叩く。振り向くと困ったように笑む彼女の顔が見えた。
「私からお話しますから。ノア様、もう休んでください。大丈夫ですよ。自然なことです。ただ少し間違ってしまっただけ。間違いは誰にでもあります。直していけば良いのです」
 ノアはこくりと頷くともう一度「ごめんなさい」と言い、頭を下げた。
 パタパタと自分の部屋へ戻っていくノアに私は唖然とする。
「どうしたの? お母様」
「それは……ノアとの秘密です」
 にこりと笑う母に私は更に首を傾げる。教えてくれるのではないのかと唇を尖らせると、苦笑されてしまった。

 その時、私はノアに限ってあの男でもあるまいし、と憤ったけれど。

 間もなくして、私は件の男と可愛い義弟の意外な共通点に気付くこととなる。