missing tragedy

今日も君とご飯が食べたい

屋台名物、選別スープ?! ③

「ごめんね、遅くなって」

 魔法院前、東広場の屋台名物なるものを幾つも試す兄妹と、魔法院内で珍獣の如く検査と調書を受けた幼馴染みが合流したのは、魔法院の二時間の昼休みが終わる頃だった。

 どこからか駆けてきたカイは大きく肩で呼吸している。
 右手には紙袋。朝別れた時にはなかったものだ。

「遅かったな。なんだ、買い物でもしてたのか?」

 開口一番、とんでもなく失礼な兄にフィーネは慌てて袖を引く。優しいカイとは言え、着いて早々の咎めるような詰問に気分を害してもおかしくない。
 おそるおそる様子をうかがえば、乱れる呼吸を整え困り眉を更に下げた幼馴染みが見えた。

「あ、いや……これはちょっと色々あって……」
「気持ちはわからなくもない。珍しい屋台も多いからな。特にあそこのスープとパンは結構美味いぞ。そうだ。お前の分も買って来るから、待っていろ。話はそれからだ」
「大じょ……ありがとう。シリウスく……シリウス君っ?!」

 シリウスは彫像のような美しい顔に微笑を浮かべると、返事も待たずに屋台へと颯爽と向かっていく。早くカイにスープを渡したいのか、姿は優雅こそなれど動きは素早い。

「気をつけて! 焦らないで大丈夫だよ!」

 兄の背に呼びかけるカイを隣りに、フィーネは深く反省した。
(ご、ごめん。お兄ちゃん。お兄ちゃんはそういう人だったよね……)

 見目好いばかりに、シリウスの姿は部下を気遣う見目も心持ちも良い上司や優雅に下界を舞う女神の如く見えるだろう。現にそう思われているかは不明だが、広場では兄に見蕩れる者が幾人も見られた。
 しかしその実は幼馴染みに新しく発見した宝物を見せたいだけの、年甲斐もなくうきうきしている二十三歳の成人男性である。事情を知る身内としては少しだけ、いや物凄く恥ずかしい。

「シリウス君、気に入ったのがあったんだね」
「ごめんね。毎度よくわかんないお兄ちゃんで」

 フィーネの言葉にカイはびっくりしたように瞬くと、すぐに幼さの残る頬を緩めた。
「ううん。それよりシリウス君にいい物、貰ったかもしれない」
「いい物?」
「うん。これ……」

 カイは紙袋を探り、真っ赤に熟れたそれを取り出す。大地の香りがふわりとフィーネの鼻へと届き、思わず幾つかのカイの手料理が頭を過った。

「パープストマトだ!」
「うん。そこで貰ったんだ。……ちょっと色々あって、良かったらっておじさんが……ごめんね。遅れて」
「いいよいいよ! それにカイのことだもん。……へへへ」

 つい、フィーネの頬は緩んでしまう。カイの事だ、きっと困っている人を見かねて助け、断り切れずにお礼を受けている間に時間が過ぎ去ってしまったのだろう。
 フィーネの笑みからカイは見透かされた事に気付いたのか、しどろもどろに言葉を紡ぐ。

「あの、たいしたことはない……ううん、遅れちゃったのは本当に僕のせいなんだ……」

 カイは詳細を濁すと、気恥ずかしそうにキャラメル色の瞳を伏せた。
 申し訳なさそうな、照れの見え隠れする微笑。どうやらフィーネの予想は当たったようだ。

「へへへ……へへ、っあ、……! お兄ちゃんも喜ぶと思うよ。パープストマト!」
 気持ちが悪いと不評の笑顔を誤魔化すように。また、これ以上誤解が深まらぬように、フィーネは無理矢理に話題をトマトへと移した。

「ちょうどそのトマトを使ったスープが美味しいねって、話してたんだよ」
「そっか。良かった。宿では調理できないから、どこかで切って乾燥トマトに出来れば良いなって……」
「カイ、待たせたな」

 穏やかな空気が流れ始めたと思ったのも束の間だ。僅かに唇の両端を上げた兄が両手にスープカップと串焼きを携え現れたかと思うと、目にも止まらぬ素早さでフィーネとカイの間へと腰を下ろした。
 余程カイへ気に入った食物を勧めたいのか、成人男性一人が入るには少々足りない隙間だという事実まで彼の頭からは抜けてしまったらしい。

「『選別スープ』だ。時間が経過に伴っての味や風味の低下はあるが、味そのものは良く出来ている。元々はこの辺りの郷土料理で店によって味も異なるそうだ」
「そうなんだ? ありがとう」

 どうやら店の主からスープについての話を色々と聞いてきたようだ。シリウスはスープの命名権や元祖を決める裁判が行われている事、スープを始めとした各種名物のお陰で魔法院前の通りは大変栄えている事、他方で同じような店が乱立して競争も過酷になっている事などを立て板に水の如く次々と述べた。

「そう言えばカイ。お前がもし『選別スープ』に代わる名物を作るならばどんなものにする?」
 ふと、スープを飲み干したシリウスはカイに尋ねる。

「店の主人の到底不可能と思われるぼやきを聞いてな。彼いわく、今後の為にも多くの者に親しまれるような味と香りを持ち、病みつきになる癖もあり、かつ革新的な新商品を開発したいらしい。どうだ?」

 傍で聞く素人のフィーネであっても反応し難い問だと思う。問われたカイは瞳を瞬かせると、僅かに首を捻って答えた。

「ううーん……ご主人の期待にはちょっと……。それに僕は売れ筋も購買層もこの辺りの人の好みも知らないから」
「知っていたら、可能か? 主人の要望は置いておくとして。新商品開発のアドバイス程度で良い」

 真剣な表情を崩さずに食い下がるなんて、他人には比較的深く関わろうとしない兄としては珍しい。
 カイもシリウスの異変に気付いたのか、フィーネに目配せすると真っ直ぐにシリウスを見上げた。

「……シリウス君は店主さんの助けになりたいんだよね?」

 ふ、とカイの表情が緩む。見つめられた相手はバツが悪そうに視線を逸らすと、子供のようにこくりと一度だけ頷いた。

「まあ、あちらも軽い感じだったからな。要望も難易度が高い割には抽象的で、世間話の延長だと受け取られてもなんら違和感ない内容だ。しかしこうしてカイという役立てそうな人間がこちらにはいる。つまり解決法が提示出来る可能性を持つという事だ。もし店主の困っているという言葉に少しでも本心が混じっているのならば、無視するのは俺の性にあわない」

 だいぶスープが気に入ったのだろうか。それともカイや義姉との出会いにより、フィーネが気付かぬうちに兄も誰かを助けたいとの想いに駆られる人間に変化していたのだろうか。

 意外な兄の一面とそれまでに至るぶれない言い分。ちぐはぐでいてぴったり辻褄が合うような感覚に、フィーネの頬は緩みきってしまう。
 カイも嬉しそうに微笑むと兄の案に賛成するように大きく頷いた。

「いいんじゃないかな? っ……シリウス君らしくて……」
「お前、笑っているな? いいだろう、別に」
 むくれる兄にカイもフィーネも微笑を堪え、必死に真面目な顔を取り繕う。

「うんうん。次に買った時にでもさりげなく聞いてみて、その時にまだ新商品の案に悩んでいるようなら。役に立てるかは自信がないけれど、僕も考えるよ。伝えるかの判断はシリウス君に任せる」
「私も。もし店主さんが、素人の意見もひとつ取り入れたいって感じなら一言位は」

 二人の反応にシリウスの表情が一瞬だけ緩んだ。
「ああ。二人とも頼む。できれば購入層ごとに数案、バリエーションや販売方法、原価率も加味して書面にまとめ……いや、なんでもない」

 何か不穏な言葉が色々と聞こえたのは気のせいだろうか。ほぼ同時に、フィーネとカイから疑問の声が漏れた。

「お兄ちゃん……?」
「シリウス君……?」

 集まった視線から逃れるように、シリウスは噴水しかない真後ろを振り返る。

「やるからには、きっちりとな……」
「でもお兄ちゃん、さすがにそこまでは……普通に迷惑だと思う」
「うん。僕も、もう少し形を変えた方が良いと思う。ごめんね、シリウス君。店主さんが困ってるのは事実かもしれないけど……」

 兄に書面一式を渡されて――しかも兄が作るとなれば、論文よろしく少なくとも数十枚にのぼるに決まっている――困惑しない店主はいないだろう。
 助言を求められ、それが相手にとって心底必要としているものであっても、限度というものは必ずあるのだ。

「別に、俺だって普段ならばそこまでは……」
 そこまで告げてシリウスは押し黙った。

(普段ならば……? それって……)
 不自然な沈黙は彼の台詞と直前の唐突な動作と合わさって、それは一つの推測を補完する。

「お兄ちゃんまさか!」
「今の俺に向こうが提案した対価を拒否する理由もないだろう」

 平然と告げる兄だが多少は居心地が悪いのか視線は真後ろへ逃げたまま。肩を落としたフィーネからは深いため息が、カイからは困惑の混じる苦笑が漏れる。

「僕も色々考えてみるよ。ただ、書面は郵送か僕が代理で持っていく事にしようか……?」
「有難いが、受渡し方法の変更を提案したのは何故だ?」
「それは……」

 兄の顔が人を狂わすほど良いからである。

 例えば店主に年頃の未婚の娘がいた場合など、トラブルや誤解を招く恐れもあるし、親しい者として怪我人や傷心女性を増やす事は避けたいから……とはカイも言えなかったのだろう。

「その……丁寧な店主さんみたいだから、依頼したシリウス君相手では忙しくても時間をかけて対応するだろうし、ならば郵送とかの方が良いかなって。提案したからにはもちろん費用は僕がもつよ。それに郵送なら提出の証にもなるし、消印で日付も明確にされるから」
 やや早口で可能性として捨てきれぬ事項を挙げて、尤もらしい理由を続けた。
「……ふむ? しかし受け渡し方法の変更を伝える時間や発送に係る手続きの手間との兼ね合いを考えると……」

「なら私が伝えてくるよ! 私なら言付けになるから、相手の対応時間も短縮されるんじゃないかな!」
 フィーネも頼りない助け舟を出す。

「……そうだな。悪いが頼む」

 シリウスもようやく可能性に気付いたのか、はたまた当初から気付いてはいたがもう一度スープを買いに行きたいが為にぎりぎりまで粘っていたのか。どちらにせよ諦めたように苦笑すると串焼きの肉を頬張った。

 フィーネはカイと顔を見合せ、ほっと息を吐く。
 兄に悪気が欠片もなくとも、彼の美貌はまるで魔法や呪いのようにあらゆるものを呼び寄せてしまう。

 シリウスとの議論に興奮するあまり鼻血を出し卒倒てしまった男性や、彼と接点を持ちたいが為に待ち伏せや尾行に走ったシリウスの同級生も珍しくなく。シリウスや周りの人々を題材にした小説が出回っているとの話を妹のフィーネが聞いたのも一度や二度ではない。

「私、伝えてくるね!」
「おい、せめて身元証明に契約書は持ってけ」
「そっか、ありがとう! 送り先とかも聞いてくるね! ちょっと待ってて!」

 トラブルを未然に防ぎ、主人の要望に適切に応える為に。そして兄にもう二度とあのような自嘲めいた悲痛な笑みを浮かべさせない為に。
 フィーネは靴裏で道路際の弱い石畳を壊さぬよう気を付けながら、全力で駆け出した。


 🍴🍴🍴


「シリウス君」
 シリウスの視線がフィーネの後ろ姿から逸れぬ前にカイは話を切り出した。

 察しの良いシリウスは二人で話したいとのカイの意向を読み取っていたのだろう。言葉に迷うカイを促すように無言の頷きを返す。

「ごめんなさい。結果、前に伝えた事におそらく間違いはないと。それどころか予想よりもずっと僕は……フィーネとシリウス君に迷惑をかけていた。ごめんなさい」

 震えそうになる唇を叱咤し、はっきりとカイは伝える。

  クラウディオ達の仲裁をした後に伝えられた検査結果と考察は、カイの無罪を証明すると同時にクラウディオやシリウスの想像を遙かに超えたものであった。
 騎士団側の反応としては好意的であったことは間違いない。むしろ知らぬ者から見れば『小さな街の一料理人見習い』から『国家魔術師見習い』へと変化したのだから喜ばしい事だ、と評価する者さえいるかもしれない。

 しかしカイは何重もの意味で打ちのめされている。罪悪感と羞恥心は募るばかりだ。

 先の騎士団でカイは魔法使いや魔術師、魔法機器などによって頭の先から足の先まで綿密に調べられた。更にカイ自身でさえ全く気付かなかった様々な事も明かされ、必死に隠していた極々私的な部分も紐解かれてしまった。
 もちろんそれらは今夜、フィーネにも謝罪と共に伝えるつもりだが。一方で事の根幹に関わる極々私的なそれについては、どう説明すれば良いのか……と言うよりも。正直に伝えた時の反応が怖くて堪らない。

 カイの臆病で慎重な性格と強い願いたちは、一番厄介な形で効果を表していたのである。

「カイ、この間も伝えたが黙ってた俺も同罪だ。いや、薄々わかっていて利用していたのだからお前よりも余程悪質だろう。……但し、まさか俺まで範囲が及んでいるとは」
「な、なんでそこまで⁈」

 肩を揺らし、瞳を丸くさせて見上げるカイにシリウスはことも無く、真面目な面持ちで言葉を返す。

「何年付き合ってると思ってるんだ」

 ざわり、と周りの人々がどよめいた。
 当の本人たち二人にその気は全くなくとも、実際そのような意味など全く含まなくとも。近くに居た人々は各々勝手な想像や誤解をしてしまったであろう事を、この場にリーゼロッテ・アイブラーが居ればいち早く察し「お二人さん! 周りみようか?!」と叫んでいたであろう。

 しかし実際はカイとシリウス、二人の実際の友人関係や各々の性格を知らず、美貌の青年とのロマンス的な雰囲気を好む素養がある者が幾人か居たわけで。
 つまり男女問わず何人もの人々が顔を覆ったり、気まずくも先が気になり目を奪われたりしながら、美神のようなシリウスと背が低く可愛らしい様相のカイという異なる雰囲気で中性的な二人の関係を誤解したり、想像を受け入れられずに動揺したりしていた。

 そして当の本人たちと言うと、真剣な話の最中であった事や長い付き合い故に感覚が麻痺していたので全く気付かなかった訳である。

「シリウス君は凄いね……」

 諦めや寂しさにも似た安堵と純粋な尊敬を滲ませ、カイは「適わないや」と笑う。
 シリウスは否定も肯定も含まない頷きを返した。

「魔法知識に関して言えば、腐ってもあの鬼才変人変態揃いのリィン分校卒、末端ではあるが国の狂犬小屋勤めだからな。それに植物研究(多少専門外)だろうが魔法探知が出来ずに仕事になるか。しかし、これでお前にとって俺は学舎だけでなく犬小屋の先輩にもなるのか」
「犬小屋って……」

 苦笑するカイに対して、シリウスは至って真顔で応え続ける。

「今あそこに残ってる奴のほとんどは、俺のように己の欲望に忠実だが一応は従順な狂犬か、知性はあるが正気は失っている害の少ない怪物か。はたまた名前の多い馬鹿かのどれかだ。犬小屋で十分だろう。大体、シモン・アンティーヌやお前のような真面目やお人好しの方が今のあそこ(国立機関)では珍しい。分署も喜んでたんじゃないか? お前が加わる事を」

 シリウスの言葉にカイは自信なげに首を傾げた。

「……その点は人手が足りないとは言ってたから、猫の手も借りたい的な感じじゃないかと思う」
「そうか。ところで、フィーネには言うんだろうな?」

 躊躇いなくカイは頷く。とは言え、話が話だけに恐怖や不安は尽きず、傷つきたくないと怖気付いているのは本当だ。
 気を緩ませると『環境が大きく変化したフィーネに今全てを伝えるべきなのか? 彼女の心境を思えば、都度必要な部分を話していく方が誠実な対応なのではないか?』との非常に尤もらしく、すがりやすい迷いが頭を過ってしまう。

「今夜、夕食の後にでもできれば」

「では今晩、俺はよそで食べてくるか」

 シリウスの一言に、思わずカイは目を見開いた。

「えっ?! シリウス君居なくて良いの?」
「そんなに居て欲しいのか?」
「いや、そういう訳では……」

 決してないのだが、あの過保護なシリウスが自らの意思で容認するとは思ってもみなかった、聞き間違えだとさえ思ってしまった、との本音はひどすぎて言えない。

「それとも何か? 俺の立場と神獣騒ぎにかこつけて可愛い妹に言い寄り」
「かっ?! かこつけたわけじゃ……」
「ならば、普段の行いの延長だと理由付け、諸々の違反を重ねて食物を差し入れ餌付けし、きちんと気持ちも告げずに言いくるめようとしたな?」
「餌付けなんてしてないよ⁈ ……違反と、ちゃんと気持ちを伝えなかったのは本当だけれど。それは……」

 言いかけたものの、今更理由を述べてもと思い直し、カイは唇を噛み締めた。代わりにシリウスが言葉を継ぐ。

「お前への気持ちを明確に掴みきれてない、鈍いフィーネに正当な判断を促す為。負い目を持たせずに対等な関係を維持する為だろう? それもお前の理想の、絵に描いた餅のような計画込みでの話でだ。しかし、同程度の能力や諸々の違反リスク等だけを考えれば、少なくともすぐに思いつくだけで他に五通りのやりようはあった。あのような方法と場、あんなお粗末な口実を選ぶしか出来なかったのは一重にお前の性格故だ」

 シリウスの指摘にカイは項垂れる。

 彼の言葉に間違いは無い。フィーネへの気持ちを隠して『同行』を願い出たのは全て『フィーネには嫌われていないだろう』という希望的観測を前提にした、叶いそうもない望みを捨てきれなかったから。そして嘘偽りのない素直な気持ちが欲しかったからだ。
 また、おそらくシリウスは一連の行動や『素直な気持ちが欲しい』との思惑の裏にあるカイの臆病な性格や恐れ、フィーネの持つ真の意味での優しさや誠実さを信じきれなかった事にも気付いている。その上でフィーネとカイを想い、こうしてカイに確かめているのだ。

 悪く言えば釘を指しているとも取れるが、長く付き合いのあるカイにはその奥にシリウスなりの優しさを感じてならない。
 大切だからこそ過って欲しくない。良い点も悪い点も自覚し、冷静に見極めて進んで欲しい。この先二人の関係がどう変化しようとも、互いに自立し、幸せになって欲しい……言葉に直接表さずとも、そんなシリウスの希望が彼の言葉には含まれている気がした。

「……うん。むしろシリウス君は少し買い被り過ぎだよ。あの時はとにかく焦ってたから、温かい場所で安全に過ごせてるか、傷付いて落ち込んでないか……それしか頭になくて、他の方法なんて思い浮かばなかった。気付いたら休みを取ってシリウス君に居場所聞いて、見張りの人の目も盗んで忍び込んで……何を使ってるかも理解しないまま魔法も……フィーネにも……」

「ああ。だからお前を殴った事は謝らないからな。お前がここで改めて、俺の推測を認めるならば尚更」

 シリウスの両手がカイの頭を挟む。そのままカイは強引に顔を上向かせられた。
 鋭い黄金色の眼差しにカイは等しく真っ直ぐなものを返す。同時に再び、何も知らない周りがどよめいた。

「俺の家族に悪影響を及ぼす奴は許さない。可能性を持つ者には常に注意を払い、兆候や異変が見られれば徹底的に潰す。大事な妹とお前との交流を妨げなかったのはフィーネにとって『無害な虫』であると認識していたからだ。今後万が一にでも、俺の認識が改められる事象が起こり得た場合は……」

 よどみなかったそれが初めて、僅かに留まって。切れ長の黄金色の瞳がゆっくりと閉じられる。

 一呼吸後、黄金色が再びカイのキャラメル色を捕えて、両手の力が強まる。大仰なため息と共にシリウスは彼らしい結論へと行き着いた。

「九割が八つ当たりなのは認める。とにかく。今夜俺は出かける。大事な妹を一人宿に残してな。もちろん寝る前には帰ってくるが、その間にお前が今日判明した事実をフィーネに告げようと、何をどう話し合おうと、神獣を勝手に呼んで手なずけようと露店の主人に提案する料理を二人で考えようとも。俺は口を出さない。好きにお前とフィーネとで責任を持って選べ。以上だ」

 最後にシリウスはカイの両頬をやや変形するくらいには強めに、しかし痛みを感じさせない程度の力で、むぎゅっと挟んだ。
 礼を告げようにもカイは言葉に出来ず。なんとか感謝の意だけでも伝えようともがくが、シリウスに顔を掴まれている間は叶わなかった。

「俺は妹が可愛い。お前を信頼してもいる。だから激励するつもりも、何かを勧めるつもりも微塵もない。それだけだ」
「……っ、ありがとう。シリウス君」

 シリウスの態度と言動に、ふっと微笑んでしまいそうになるのを必死に抑えて。シスコンの両手から解き放たれたカイは素直な気持ちを伝える。

「あと、少し前から思ってたんだが。お前」

 続く言葉にカイは苦笑し、肯定の頷きと「そうみたい」との言葉を返した。